除夜の鐘が鳴った。これからあと107回も鳴るのか。そう思うと煩悩って多いな。家族と顔を見合わせて、あけましておめでとうございます、とちょっとふざけてお辞儀をしてからすぐ、おやすみなさい、と告げて眠ったのが昨日のことだ。
服を着込んでマフラーを巻き、電車で向かうはそこそこ有名な神社。一番ではない。そこそこ。
電車を降りて改札を出ると、待ち合わせの場所に向かう。徐々に軽快に歩幅が大きくなっていく理由はひとつ。早く会いたい。それだけ。
待ち合わせ場所が見えて、一気に速度が落ちる。そうだよね、いないよね。ちょっと早く着きすぎたのは私だし。すっかり小さくなった歩幅のせいでゆっくり歩いていると、後ろから来た大きな人が私の隣で速度を合わせた。し、知り合いかな……?
「あんな早く歩けんだ」
「……お、臣くん。おはよ。あと、明けましておめでとう。今年もよろくお願いします」
「……今年もよろしく」
「ずっと後ろにいたの?」
「ああ、声掛けようとしたら急に早くなったからやめた」
全て見られていたらしいけど、なんの問題もない。ちょっと私が恥ずかしいだけ。春高を目前に控え、当然なかなか会えない日々。早く会いたかったからということには多分気づいていないと思う。
うつむいた先にある臣くんの大きな手をぼんやりと見つめていたら、それが視界から消えて私の指に絡まった。顔をあげてみると、マスク越しに聞こえる声に耳を傾ける。
「…そういう顔してたから」
「そんなに?」
「自覚ないんだ」
呆れ気味に、楽しそうに言っているのはマスク越しにわかる。初詣から帰る人とすれ違う中、所々塗装のはげた鳥居が見えてきた。思っていたよりも人がいて心配になり臣くんの様子を確認すると、いつも通り飄々としている。上手に人の波間をすり抜けて私の手を引き、すぐに賽銭箱の前についた。さすが臣くん。
夜中に来ても良かったのだけど、混んでるのは間違いないだろうし、帰り道は別々。色々考慮して10時集合にしたのは正解だったみたいだ。
手を合わせて横から列を抜けると、テントで甘酒を配っていた。いいなぁ。飲みたい。臣くんは飲まないんだろうけど……もらってこようかな。
「……もらってきたら?」
「やった!いってくる!」
「……子供みてぇ」
テントに近付くと、バンダナを巻いたおばちゃんが紙コップをふたつ手に持っている。
「ふたつ?」
「ひとつでいいです」
「あら、彼氏さんには?」
予想が外れたらしいおばちゃんは残念そうに肩をすくめてまた寄ってきた人に甘酒を配布した。臣くんのいる場所へ戻り、端の方で熱々の甘酒を飲む。夜中に比べれば大したことないけれど、真冬の時期はいつだって寒い。温まるから飲めばいいのにと勧めることもないし、臣くんが私にやめとけと言うこともない。
「それ、飲めてんの?」
「めちゃくちゃ熱いんだよこの甘酒」
「へー」
臣くんが白い息を吐いて待つのを横目に、コップ半分ほどの残りをふうふうしながら飲みきってテントに捨てて戻ると、温まったのは体の中だけじゃなくコップを持ってた両手もだった。
冷えないように手を合わせていると、臣くんが不思議そうな目で私の擦り合わせた手を見ていた。
「触ってみて」
ポケットに突っ込まれていた手の近くへ自分の手を差し出すと、肌を重ねてから臣くんのポケットに引き込まれた。上の方から湯たんぽだなと一言だけ聞こえて、もう片方の手を自分のポケットに入れた。ただ手を繋ぐよりも近い距離。心臓の音が聞こえるかもしれない。臣くんは当たり前みたいに前をこちらを向いていた。臣くんのコートの丈が長くてよかった。これ以上高かったら腕きつかったかもしれない。全部引っくるめてこの状況は幸せだ。
「ねぇ臣くん。こんなのいつ覚えたの」
「は?」
「そのコートさ、」
「……また着てくればいいんだろ」
言わんとすることは通じたらしい。春高が終わるまでは当分会えなくなるのかな。間違いなくお出掛けしたりするのは難しいだろうな。
風邪を引きたくないと確固たる意思で言っていたし、今年もインフルエンザの予防接種はしっかり打った。かくいう私ももちろん接種済みだ。空いてる時間でいいならと誘ってくれたのは臣くんだけど、もう初詣が終わればお誘いの約束はおわり。家に行ってもお互いの親はいるし、新年早々お邪魔するのはさすがに気が引ける。外にずっといて風邪引かせてしまったら大変だ。
「……ここもこんな混んでると思わなかったな」
「考えることはみんな同じってことかな」
「……来年はもっと空いてそうなとこ探しとく」
「……私も。良さげな神社をチェックしながら一年間過ごすよ」
「その前に他にもあるだろ。色々」
「ね。そうなの。どれも全部楽しみ」
へらりと笑った先の臣くんは、黒目をふよふよさせてどこかを向いた。さっきくぐった鳥居を過ぎると、空いている手で私のマフラーに埋まっていた耳を掘り出して確認するように触る。風が当たって赤みを帯びた所を指先で撫で、少し考えてからくもった声で言った。少しだけ、どっか入ろうかって。