コンビニで買った小さな紙パックのアイスティをテーブルの上に置いたなまえちゃんを見て、思う。何回か来てるからか、うちに慣れてきた気がする。

 特に何をするわけでもない。ずっと会話をしているわけでもない。俺と彼女にとっては、それが普通で居心地良い。正直めんどくさいと思う事も時にはあるが、それも悪くない。なまえちゃんなら。

 鞄から教科書とノートを出し、宿題を始めるなまえちゃんを腰かけたベッドの上から見る。生憎俺の部屋にはあまり物がない。漫画も本も、本棚の一番上の段に入っているだけ。あとは教科書とか、バレー関連のものとか。本棚の半分以上は本じゃないものが入っている。つまり、暇を潰すものがあまりない。

「前から思ってたんだけど」

 楽しそうに振り返り、俺を見ながら話し出すその続きに耳を傾けた。気持ち悪いほど、自分が自分でないように思えるほど、なまえちゃんを大切にしたいと思っている自分がいる。

「臣くんの部屋って物少ないよね。いっつも綺麗だもんね」

 さっきまで彼女を呼ぶにはマイナスだと思っていた点は、なまえちゃんにとっては悪くないことらしい。自分でもよくわからない。なまえちゃんが俺にとって、間違いなく必要な存在だと思ってしまう理由を。漠然とした気持ちはいつもどこかに渦巻いている。俺の物差しでは図れないほどに、大切なのかもしれない。

「……臣くん?」

 衝動は突然やってくる。触りたくなる衝動。一瞬宿題が終わるまで我慢しようかと思ったが、次の一瞬でそれはなくなって、ベッドから降りてなまえちゃんの隣に座る。手を伸ばせばすぐに捕まえて、俺のものにしてしまえる距離に。
 動揺したのは揺れたなまえちゃんの瞳を見ればわかる。

「宿題やらないの、臣くん」
「…あとでやる」

 テーブルに置いていた肘を下ろして、なまえちゃんの腰を包んで引くと、手に持っていたシャーペンを奪ってノートの上に転がす。冬の間に去年の日焼けもすっかり白くなった首筋に手をかけると、なまえちゃんは恥ずかしそうに顔を俺の胸にもたれてから埋めた。むくむくとこみ上げるものを抑えずに、恥ずかしがる顔をあげて、キスを落とす。一度じゃない。何度も。
 そしたら彼女は、ちょっと苦しそうで、いまにも溶けてしまいそうな顔をした。

 ベッドを背もたれにして揃えた膝をゆるく立てると、なまえちゃんを引っ張ってその上にのせる。ゆるく膝を立てたのはわざとだ。無意識なのか、時々どこか逃げ腰になるなまえちゃんが離れない方法は、これが一番自然だから。多分、これに本人は気付いていない。うだうだと考えていると、目の前の唇が薄く開き、遠慮がちに話し始める。

「この間、古森くんに聞かれたことがあって」

 俺の膝の上で、他の男の話するのかよ。若干ムカついたものの、黙って続きを待つことにした……訂正する。ムカついたのは古森にだ。なまえちゃんの睫毛が下を向いた。遠慮がちに、迷うように。

「臣くんがね、好きだとか言うのかって」
「……は?」

 あいつなんてこと聞いてんだ。明日会ったら何て言ってやろう。ただじゃおかねぇ。聞いてる姿が想像できて、さらにイライラしてくる。

 冷静になってもう一度、この状況でなまえちゃんの口から古森のその言葉が出た意味を黙って考えること数秒………もしかして。ああ、そういうことか。

「あー……」
「臣くん、それでね」

 わざわざ言わなくても付き合ってんだからわかるだろ、そんなの。正直そう思った、けど。なまえちゃんは俺の予想する今後の展開をあっさりと上回る。

「気付いたの。私も言ってないやーって」
「……は?」
「……こんなに大好きなのに」

 本当はね、何回か言おうとした時もあったんだよ。そう追い討ちをかけられる。
 控えめに動く唇と、少し震える声。我慢のしようがない。そんなこと言われたら。
 前にも言っただろ、なまえちゃんの不意打ちはずるいんだよ。考えなしに伸びた手が彼女の頬を両手で包み、親指で撫でる。耳たぶを触って、唇を撫でる。ふにふにと柔らかくて、気持ちがいい。片手を床について体を起こすと、柔らかい唇を味わう。
 休憩を挟むように柔らかな唇を解放すれば、とろんとした顔が離れないようになまえちゃんの背中に片手を回した。

「……俺の方が好きだと思うけど」

 一瞬だけ泣きそうになった彼女の顔は堪らなかった。ベージュのカーディガンを脱がせて、皺がつかないように鞄の上に置くと、なんでか可笑しそうに笑われる。ムードとか、そんなの関係なしにコロコロ変わる表情を見て、いつも通り目の前のYシャツのボタンに手をかける。

 今日はなまえちゃんをどう誘おうかと考えながら。