甘い匂いが広がるデパートのフロアのショーケースには、様々な種類のチョコーレートが飾られている。臣くんの潔癖なところに頭を悩まされるのはこれが初めてかもしれない。
考えるまでもなくここに居る理由は、第一に手作りの選択肢はまずなかったからだ。幸いバイト代が入ったばかりなのもあり、選択肢は沢山ある。1年に1回のバレンタインなのだから、ちょっとお高めのチョコについつい目がいく。せっかくだし、自分にも買っちゃおうかなぁ。
「俺の記憶のうちだと、まず受け取らないことが多いけど……みょうじからはもらいたいと思うよ。ていうか、あげないと拗ねると思う、絶対」
教室移動の途中、廊下で会った古森くんに何をあげればいいか相談をすると、簡潔にそう返された。古森くんの言葉を聞いて思ったのは、そうならいいなぁ、なんて淡い期待だった。普通のカップルなら、喜んでくれることを前提にチョコレートを選ぶんだろうけど、臣くんと私はちょっと違う。悲しいことに、何なら受け取ってくれるかばかりを考えてる。
よくよく考えてみれば、甘いものをあまりとってるイメージはなくて、そもそもチョコレートが好きなんだろうかという疑問すらわいてくる。なんか。付き合って半年以上がたったとは思えない悩み。お互いバイトや部活に忙しいのだから仕方がないと言えばそれで片付く話なのかもしれないけど、やっぱりこういう時に悩ましいのはとても困る。臣くんの好きな甘いもの。それも古森くんに聞けばよかったかな。
ゆっくり足を進め、首を忙しく動かしながら、両サイドのショーケースを見る。ふと目に留まったのは、小さな箱に4粒だけ入った綺麗な絵柄のチョコレート。4粒くらいなら、甘いものが苦手でももらってくれるかもしれない。ピンときたそれをじーっと見つめて……うん、決めた。
「すみません。これ、ひとつください」
▽ △ ▽ △
臣くんに渡すチョコレートと、友達にあげる手作りチョコチップクッキー。私に限らず、今日は電車内の女子は高確率で紙袋を下げている。みんな、好きな人や、恋人や、友達にその中のものを渡すんだろう。廊下を歩く間、頭の中ではバレンタインソングがBGMのようにうっすらと流れている。
……臣くん、もう来てるみたい。
教室の扉が開いているのを見て、速度を落とした。扉の小窓から教室を覗くと、いつも通りに臣くんがいる。妙にドキドキして、最初の頃を思い出す。こういうドキドキ、久しぶりかもしれない。普通のドキドキじゃなくて、不安とかも少し混じったドキドキ。でも、いつまでもこうしている訳にはいかない。仕方なく教室に足を踏み入れると、頬杖をついた彼の静かな瞳が私をとらえる。
「……おはよ」
「おはよう」
自分の机にバッグを置き、持っていた紙袋の中からきれいにラッピングされたチョコレートを出した。なんとなく、じーっと見られてるのがわかる。さすがに今日がバレンタインだってことはわかっているはずだし、多分これがチョコレートなのも見当がついてると思う。座ったままの臣くんの前の席をいつも通り借りて横向きに座ると、様子を伺うようにチョコレートを机の上に出した。
「臣くん」
「ん」
「これね。今日、バレンタインだから。なにかあげたいなって思って選んだんだけど」
「うん」
「……いる?」
「は?………くれないの?」
ラブラブとかそういう雰囲気は今はさておき、つい口からでたのはいるかいらないかだった。ものすごく怪訝な表情をされたのは久しぶりだったから、目の前に出しておいてくれないことに不満を感じたのかと思うと臣くんの気持ちに反し、私は嬉しかった。
「はい、どうぞ」
「……なに笑ってんだよ」
「嬉しいんだもん」
「なんでなまえちゃんが喜ぶわけ」
「受け取ってくれなかったらどうしようーって不安だったから」
「……どうやったらそういう思考になるのかが理解できないんだけど」
とにかく、古森くんのアドバイスは大正解だった。机の上にまだある紙袋に視線を移した臣くんが、他にもあんの、と興味ありそうに聞いてくる。
「あれは友達の分。昨日焼いたチョコチップクッキー」
「……これは?」
「それはデパ地下で真剣に選んで買ったチョコ」
若干不満気に見える臣くんの顔を覗くと、頭にはてながいっぱい浮かぶ。
「おっはよ〜」
「おはよー」
「…………」
「バレンタインだっつーのに相変わらず機嫌悪いな〜」
チョコレートの箱をバッグの中にしまった臣くんの表情は変わらない。覗き込むと逸らされ、また覗き込むと逸らされる…………いやいやまさか、そんなことはないよね。