すっきりとした朝、差しっぱなしの充電ケーブルを抜くと、これから鳴るはずだったアラームを止めた。よく眠れたのか、すごく気分が良い。全く内容は記憶にないものの、良い夢見たのはしっかり覚えていた。
 ベッドから出ると、いつも通りのペースで準備をした。もともとギリギリまで寝ている訳じゃないから、いつも通りゆっくり朝ごはんは食べられたし、これ以上のんびりするのはちょっと違うし。

 全部終わってみれば家を出るにはまだ早いけど……たまには、一番乗りしてみようかな。





 くつを履き替える。ガラガラの下駄箱では、ちらっと確認していつも入れるローファーをもう一度確認してから入れた。電車も結構空いていたし、ちょっと早く起きて何本か早く電車に乗るのもたまにはいいかもしれない。

 気持ちの良い朝の空気を溜め込んだ廊下を歩くと、教室は誰もいなくて、とりあえず机のフックにバッグをかける。早々に座ることはせず当然締まっていた窓を開けたら、ひらひらとカーテンがなびいた。自分の椅子を窓際に寄せて両手を窓枠に置いて外を眺める。グラウンドにいる運動部は朝練を終えようとしているようだった。みんな頑張ってるなぁ。

「……はっや」
「あ、佐久早くんおはよ」

 足音もなく声がして、誰かはすぐにわかって、挨拶をする。ちょっと安心した。なんでか嬉しかった。
 カーテンのせいで見え隠れする佐久早くんが重そうなバッグを下ろしながら、最近見せてくれるようになったいつもの表情でおはようと返してくれる。見慣れた背中に顔を向けて、今日も朝練だったの?と声をかければ、うん、と顔を向けて一言だけ。

 時々、とげのある言葉を選ぶけど、人の話を聞くときはちゃんとこちらを向いてくれる。よく笑う、とはさすがに言えないけど、確実に言えることは佐久早くんは優しい。誰にでも優しいかはわからないけど、でも私にはどちらかといえば優しいような気がする。

「そういえば早い時間の電車、結構空いてるんだね。朝練の日こそ満員電車乗りたくないからいいね」
「…俺、いつも早めに来てるから。朝練の日と同じ時間じゃないけど、満員電車は……絶対乗らない」

 他愛もない会話を振ると、私に残していた視線をそのままにきちんと返してくれるのがすごく嬉しい。感覚としては愛嬌を振りまかないロングコートの大型犬と少しずつ仲良くなっていく的な感じに近いと思う。
 そっか、佐久早くんいつも早いんだ。…満員電車、乗りたくないんだ。なんか納得。

「どこだよ、笑うとこ」

 佐久早くんに不思議そうな表情でこっちを見られて気づく、どうやら頭の中を整理してるうちに勝手に顔が笑っていたらしい。この感じ、なんか良いなぁ。

「佐久早くんと話すのなんか楽しくて」
「……変なの」
「全然変じゃないし」
「……ねえ、」
「ん?」
「みょうじさん、インフルエンザの予防接種、毎年打ってるよね?」
「……なんだかんだ毎年打ってるかな」
「じゃあ生まれたばっかの予防接種は?」

 さっきから突然話が変わりだして、しかもなんかグイグイ聞かれてる気がして。普段と全然違う熱量の佐久早くんにきょとんとして。

「待って、なんで急に予防接種の話になったんだっけ?」
「え。急じゃないけど」
「…そうなの?」
「俺はね」

 今、絶対丸め込まれ始めてる。丸め込むつもりはなさそうだけど。全然話が読めないものの、初めて見た少年のような目で聞かれてしまったから、今回は特別に丸め込まれてみようと思う。

「…多分、お母さんならわかるかなぁ」





 学校が終わり、バイトをして家に帰った。
 キッチンに向かうと、美味しそうな匂い。お母さんはちょうど忙しいタイミングみたいで、柱に寄りかかってじーっとテレパシーを送る。

「なまえ!おかえり!なに?どした?」
「私の母子手帳って、まだある?見たいんだけど」
「ある!えーっと、リビングの引き出しかな、多分一番下!何に使うの?」
「うーん、ちょっとね」

 やけにお母さんのテンションが高いのはチンジャオロースを強火で炒めているからだろう。夕飯が中華の時はいつもこうだ。
 引き出しからカバーの劣化した母子手帳を出す。パラパラとめくり始めたところでお母さんがキッチンから顔を出して、私の体重見ないでよ!と言い放ち消えて行った、けど。

 口が裂けても、もう見ちゃったよ、なんて言えない。