夢かもしれないと思った。3年生はこの間卒業したばかりだ。隣の臣くん越しに見上げた3年生の教室は窓がしまっている。バイトが休みか確認されて、予定を入れないでと言われて、遅くなっても大丈夫か親に聞いてなんて言われた今日、臣くんも部活がお休みの日らしい。
なんでかわからないけど、教科書とか、なるべく重いものは今日持ち帰るなよなんてクエスチョンマークの浮かぶ忠告をされた。いつも通りの電車に普通に乗って、なんとなく聞く。
「どっか行くの?」
「そう」
「臣くん家?」
「……ネズミーランド」
……ちょっと驚きすぎて。びっくりすぎて。私、もしかしたら今、寝てる最中かもしれない。夢の中かもしれない。
目をぱちぱちして臣くんを見たら、ちょっと落ち着けば、と心なしか楽しそうに言われる。落ち着くって、どうすればいいんだっけ。度忘れしちゃった。同じ下校中の学生がぽつぽつと減っていき、自分達のそれぞれ降りる駅も通りすぎる。臣くんって、彼女とネズミーランド行ったことあるのかな。そもそも彼女がいたかいなかったかも、あまり気にしたことなかったけど。でもかっこいいからいたことあるのかな、きっと。
電車は混むし、アトラクションには並ぶし、そもそも臣くんがネズミーランドを好きか嫌いかすらも考えたことなかった。
「ちょっとまだ頭の整理できてないよ」
「だろうな……嬉しくない?」
「すごい嬉しい、けどビックリしてる」
「急だなって思ったろ」
「う、うん」
「サプライズだから」
サプライズとかするような、そんなタイプだなんて今まで思っていなかったから。また私は自惚れるんだ、臣くんって私のこと、私が感じているよりも好きなのかもしれない、って。
まだずいぶん長く電車に乗るというのに立ったままの臣くんに合わせていつも通り立っていると、まだあるから座った方がいい、と空いた席に視線をやった臣くんに頷いて、そこへ移動した。私の前に立った臣くんが、バッグを抱き締める私を見て可笑しそうに笑う。
「帰りの電車すごい混むよね?大丈夫?」
「……今日は我慢する」
一転、私の確認に苦虫を潰したような顔をした臣くんが、チョコのお返しだから、なんて付け加えた。信じられない、臣くんがホワイトデーでネズミーランドに行ってくれるなんて。私のバッグにつけていたネズミの小さな人形が、もしかしたらこの展開へと導いたのかもしれない。
▽ △ ▽ △
駅を出れば、みんな向かう方向は大体同じだ。中には離脱いていく人もいるけれど、大体がきらめく夢の世界へと向かう人ばかり。敷地に入っていないというのにだんだんと見えてくるお城にテンションが上がる。時折伺う臣くんの様子はいつもと変わらないものの、口数の増えた私に相づちを打つのに忙しそうにしていた。
チケットカウンターに並び、笑顔の素敵なお姉さんの元へ行く。アフター6高校生2枚で、と言った臣くんをじいっと見たお姉さんの気持ちもわからなくない。だって制服を着ていなかったら高校生に見えないし。
ポケットから財布を取り出した臣くんがさらりと支払いを済ませて、受け取ったチケットを歩きながら私に1枚手渡した。部活に忙しい高校生が買うには結構な値段だし、申し訳ない気持ちももちろん生まれる。お返しだからって、なんでもお金を出してもらうつもりなんてない。一緒にここに並んでいること事態が、そもそも奇跡なんだし。すっごい幸せだから。
「……チケット代気にしてんだろ。心配しなくていいから」
「でも、悪いよ。お返しに見合ってないもん」
「いいよ。お年玉から出してるし」
えらく突然の若者限定ワードに思わず笑って納得した。私が知る限り、臣くんは多分ほとんどお金を使わない。きれい好きなこともあって洋服も物持ちがいいし、あの部屋を見る限り余計なものを買ってるとは思えない。お小遣いはもらっているらしいけど、それも余って貯めているって言ってたのを思い出した。3月の夕方、コートを着ていても、足元から海風が流れてくるとひんやりと体が冷える感覚がする。
「ありがとう、臣くん」
「うん」
バッグに入れていたマフラーを出して首に巻くと、臣くんも同じようにマフラーを巻いた。グレーの無地の、去年のクリスマスに私がプレゼントしたマフラーを。時計の針が一直線に繋がって、ゾロゾロと中に人が入っていく。チケットを機械に入れて、出できたチケットをポケットにしまった。子供の頃から耳馴染みのある音楽が響き、贅沢な制服デートを急に実感し出して思わず立ち止まると、臣くんが私の手を引き、人混みをすり抜けながら指を絡め直した。
「ぶつかりそうだった、後ろの人」
「ごめん」
「なまえちゃん急に喋んなくなったな」
「なんか、感動しちゃって」
きっと普段の臣くんなら行きたがらないのに、当たり前みたいにネズミーランドに連れてきてくれた臣くんは、私が取り忘れたマップを前にひらひらさせる。着いていくから決めていいよ、って。