
意外かそうでないかはわからないけれど、臣くんはお母さんがおうちにいても普通に家に私を呼んでくれる。別にべたべたしたくておうちにお邪魔してるわけじゃないものの、やっぱり玄関を開けて臣くんのお母さんが「なまえちゃんいらっしゃい」と声をかけてくれるのは毎回緊張するのだ。
嬉しいことに何回もお邪魔していることもあって、臣くんの部屋に行く前に発売されたばかりの臣くんの出ている月バリを渡してくれるくらいには仲良くなっていると思う。
一息ついてから臣くんのベッドを背もたれにし、お母さんに借りた雑誌を読み始める。手持ちぶさたらしい臣くんは、私の隣にぴたっと座り、ゆるく膝を畳んだ。私の手元を覗き、軽く寄りかかるように私の髪に臣くんの頬が預けられると静かに思う。今日は甘えん坊モードだ。
「聖臣ー!お母さん出掛けてくるねー」
階段の下から臣くんのお母さんの声がしたけど、臣くんは返事をするわけでもなく私にもたれていた。表情を見ようにも体制的にどう頑張ってもそれは難しい。それからすぐ、玄関扉の閉まる音がして、お母さんがお出掛けしたのがわかった。お買い物か何かかな。
テーブルに雑誌を置き、片手でゆっくりページをめくる。インタビューページを読んでいると、重かった臣くん側の半分が軽くなる。
「お母さん、どこ行ったの?」
「……近所のおばさんとこ」
臣くんがいるはずの隣をみると、臣くんの顔はそこになくて、次は伸ばしていた私の太ももの上に重みを感じた。見るまでもなくすぐにわかった、臣くんの頭が乗ったんだって。やっぱり今日の臣くんは甘えん坊モード、私の中でそれが確信になると同時に、私のお腹に顔を向けた臣くんの長い腕が背中までまわり、ゆるゆると抱き締められる。
視線を下ろせば母性本能みたいなものがさらに大きくなりそうでみないふりをするものの、片手でページをめくりつつももう片方の手は勝手に臣くんの頭を撫でていた。仕方ない、可愛すぎるのだから。
背高いなぁ、臣くん。壁にぶつかってしまうからと曲げられた足をそっと見て、ふと疑問が頭に浮かんだ。
「ねぇ、臣くん」
「なに」
「こんなに背高いとさ、困ることってある?」
私のお腹に埋めていた顔を出した臣くんが上を向き、天井をじーっと眺めながら難しい顔で思いを巡らせているようだったから、ただ黙って答えを待つ。
「……世の中の」
「うん」
「世の中のドアは低すぎる」
ページをめくる手を止め、その意味を理解するまでに数秒かかった私は、今までの臣くんとの記憶を思い返す。
電車を乗り降りする時、臣くんたしか少し屈んでいたような……それに教室のドアを通る時も、屈んでいたような……日々わかってはいるけれど。
189センチもあるんだもんね。そりゃそうだよね。いいなぁ、背高いのかっこいいなぁ、くらいにしか思っていなかったけど、臣くん自身は気を付けながら過ごさないといけないんだもんね。大変だなぁ。
「ドアって普通どのくらいの高さなのかな、どれも大体同じ高さなの?」
「……180くらいじゃないの」
「確かに臣くんには邪魔そう……うっかりおでこから流血しないでね」
「…するかよ」
呆れたような臣くんと目が合うと、そのまま私の二の腕を大きな手が掴んで下へと引っ張り、背中を丸めて臣くんに近付く。私の髪が影を作ると、ゆるゆると唇が触れ合い、そっと離れる。臣くんはまだ何か言いたげな表情をしていたから、少しだけ首を傾げた。
「……ん?」
「……ん、」
こういうキス、どこかで見たことあるかもしれない。そんなことを思っている間にもう一度唇を重ね、熱を帯びたまま離れていく。
「……今日の臣くん、可愛いね」
「どこが」
「んー、甘えてくるところ?」
丸めていた背中をまっすぐにすると、臣くんはまた体勢を戻して私のお腹に顔を埋める。もしかしてちょっと照れてるかもしれない、と思ってももうその顔は見れなくて、くぐもった声が静かな吐息と共に耳に届く。
「なまえちゃん、」
「なーに、臣くん」
「……なんでもない」
そのまま背中に回った手が、器用にするするとワイシャツの中に差し込まれたものだから、這い出した器用な手にぴくっと小さく揺れる。
なんでもないひとは、こんなこときっとしないと思うなぁ、臣くん。
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