色々と考えていたせいだ。目覚めの悪い朝を迎えてしまったのは。ぼやけた視界が収まるまで携帯の画面を凝視していると、時間を認識して気づく。これはデジャヴだと。
二度寝するほどの余裕はないけれど、このまま起きたところで時間をもて余しそう。恐らくこのまま起きるのだけど、この間から近々で私と佐久早くんが教室へのワンツーをまた決めたりした日には、張り切ってると思われそうでそれも恥ずかしいのだ。
そんなことを考えているうちに、キッチンから目玉焼きの匂いがしてきて、誘われるようにベッドから抜け出る。
▼
少しゆっくり支度をして、昨日よりも1本遅い電車に乗った。座席は埋まっていたけれど、立っている分にはかなりスペースがある。このくらいの混み具合はちょうど良いかもしれない。
車掌さんのアナウンスが車内に響き、次が井闥山の最寄りなことを知らせた。今頃、佐久早くんは朝練だろうか。ふと彼のことを考えてしまうのは、昨日の佐久早くんの質問の意味を考えることでかなりの時間を使ってしまったからかもしれない。しかも謎は解決しないまま未だにモヤモヤ、グルグルと頭のなかをかき回しているのだから困りものだったりする。開く方のドアの前に移動すると、いつもと同じ景色のうつる窓に水滴がポツンとひとつ。ふたつ。よっつ。むっつ。えー、傘ないのに。
改札を出て階段を降りると、空はカラッと晴れている。見本のようなお天気雨だった。粒は大きいものの、数が少ない気がする。所々屋根のあるところを歩いていたけれど、ついに雨をしのげるような屋根はなくなってしまった。
ここまで来れば学校はそう遠くない。バッグからハンドタオルを出すと、申し訳程度に頭に乗せる。……せーのっ!心のなかで勢いをつけて走り出すと、ビニール、ビニール、水玉、黒。傘を4本追い抜かし思う。みんな早めに家を出るくらいだからきっとお天気お姉さんがニコニコしながら雨予報を読んでいるのをきちんと見て来たんだろうな、えらいなって。
「あ。みょうじさん」
大粒の雨にかき消されなかった黒い傘の持ち主の声に聞き覚えがある。最近よく聞く声。ブレーキをかけて足を止めると、やっぱり。佐久早くんだった。今日も朝練だと踏んでいたから、ここで会うなんてまさか思わない。今さらになって全速力を見られたこととか、毛先が濡れていることに恥ずかしさを覚えたのだけど、今どうこうするということはできるはずもない。
「傘無いの?」
「うん、雨降るって知らなくて。だから先行くね」
「……こっち入ればいいじゃん」
時が止まるというのはまさにこれだ。当たり前みたいに口にされた佐久早くんの提案は、全く想像し得ないものだった。つまり、相合い傘ってこと?色々考えたところで、断ることはできない。すぐに距離が詰まったあと、私のバッグの持ち手は佐久早くんにしっかり捕らえられたのだから。
「でも」
「嫌ならいいけど」
嫌なんかじゃないけれど。佐久早くんの目を見ると、早く、とでも言っているようだ。佐久早くんの後ろには、水玉の傘が近くまで来ている。はたから見れば甘酸っぱいこんなやり取りを間近でみられるのは恥ずかしくて、黙って傘に収まると、佐久早くんは歩きだした。
「あの、入れてくれてありがと」
「……うん」
「今日は部活休みなの?」
「体育館使えないから」
「そっか……そういえば、聞いたよ。予防接種の。全部打ってたよ、なんかお金払って打つやつも。でも、みんな任意も結構打ってる人多いんじゃないのってお母さん言ってたけどね」
私を悩ませた妙な質問の報告を済ませると、佐久早くんからは特に返事もない。心配になって見上げると、まっすぐ前を見て何かを考え込んでいるようだった。私、この表情みること多いなぁ。
「……確かに」
「それでね、なんで聞かれたのかなってずっと気になってたんだけど、全然わかんなくて」
「……前に糸取ってもらったじゃん」
「うん、あったね」
「多分あれ、嫌なんだけど」
……ちょっと待って。私嫌われてる、ってこと、かな。 言葉もなく固まると、佐久早くんは眉をしかめて話を続ける。
「……みょうじさんは嫌じゃなかったから」
「あ、え?……ん?」
「これも。大体の奴は絶対入れない。…多分、うん」
傘を少し持ち上げて、そう言うのだ。大変だ。今、とんでもなく自惚れてしまっている。きゅうっと胸が絞まって、佐久早くんの言葉に嬉しくて嬉しくて、収まりが効かない私の気持ちは、きっとそういうことだ。
「私、電車早めようかな」
「……いいと思う」
わかった途端、頭の中で染み渡っていく。ああ、どうしよう。もうすぐ雨が上がりそうなのに、あと少しだけ気づかないふりしてしまいたくなる。