友達、というのは広く意味のある存在だと思う。きっと古森くんには敵いっこないけど、クラスメイトの中の佐久早くんと仲良いランキングがあったら上位にくいこめるんじゃないかと思う。私と話している佐久早くんの姿を気軽に教えたくないと思うほどには、おそらく彼のことを知っている。
時々苦しい、時々もどかしい、でも心地の良いこの関係を手放すには勇気がいる。せっかく仲良くなってきたものが、ちょっとの自惚れできれいに失くなってしまったら。もっと悲しい。
傘に入れてもらって以来、早く目が覚めればいつもよりも早めにくるようになった。理由は“それ”だけ、じゃない。朝の空気が気持ちいいことと、電車がすいている事も、だ。
昨夜はうっかり昼間のことを考えすぎてしまった。教えてもらったとして、なんて連絡するのか。用事はあるのだろうか。アドレスは知りたいけれど、余計なことを考え過ぎてしまうから、無駄なことは考えないことにした。
一番乗りで教室に入る。澄んだ空気。窓を開けて、椅子に座って。どうも覚えがある気がするのは、風でカーテンが膨らんで、窓から眺める先の部活が終わろうとしていて、天気がいいからだろう。ここで佐久早くんが来れば、はじめて佐久早くんとしゃべった時と同じ。だけど、そんなにうまくパズルが揃うわけない。
手持ちぶさたになってきて、携帯を取り出してイヤホンを差した。私だけかもしれない。朝イチで一人で教室にいる時に起きる不思議な現象がある。なんだか気が大きくなって、解放されたような気になるのだ。
イヤホンのコードをだらんと垂らしてポケットに携帯をしまって、ダウンロードしていた音楽をつける。音量を少し上げて音楽配信サイトのCMの中に入ったような気分で両肘をついた。手首を内側に曲げて指の背で目を隠す。
恋に落ちるのは一瞬だというけれど。自覚さえしてしまえば2段飛ばしするように気持ちは欲深くなっていく。どこか、あの時か、それともあの時か。きっかけをわからないまま、ここまで落ちていた。女子高生のうちにいっぱい青春しな!なんていとこのお姉さんにいつか言われたのを思い出したけど、そう簡単じゃない。佐久早くんはすでに青春で忙しいに決まってる。
サビが流れているとき。コンコン、と机をノックされたような気がして目を隠していた指を頬に下ろすと、席に座ったままの佐久早くんが椅子の背もたれに肘をかけて私を見ていた。リラックスしていた気持ちは逃げるようにどこかへ行き、尻尾を掴むことはできなかった。
きっと慌てていたせいだ。おはよ、と口に出すと、お気に入りの音楽の中で私の声が響き、イヤホンを外そうとすると佐久早くんの手が伸びてきて片耳のコードを軽く引っ張った。
「おはよ」
「……おはよう」
「今の、2回目」
今のは私にだけやっているのか、誰にでもやっているのか、前者だと思いたいものの、バクバクしているものが考えるのを邪魔している。絡まった頭の中も一緒に整えるようにイヤホンのコードをゆるく縛ってバッグにしまう。
「…誰のせい?」
「ん?」
「昨日から変わってないみたいに見えるけど」
「…せい、とかじゃなくて」
「誰?」
「…佐久早くんのせい」
「は?」
「だから、せいじゃないって言ってるのに!」
これじゃまるで逆ギレだ。それでも、この勢いで聞いてみるしかないような気がしてきた。
「昨日の、お昼休みの廊下の。あの時通りかかって、話聞こえちゃって」
「ああ」
「そしたら、私もアドレス知りたいなって思ったんだけど、言えなくて。そしたら帰りのHRの前に話してたでしょ。教えなかったって。でも知りたくて、」
「…あ〜〜。ちょっと待って」
遮って、口にしたのはそれだけ。じっとり向けられていた視線はすっかり反対に向き、顔を背けられてしまったけれど、ブレーキをかけたらまた振り出しに戻る気がする。
「いい?……だめ?」
二択を掲げると、佐久早くんはバッグから出した携帯を操作をして私に渡してくれる。画面に表示されたアドレスを見て、佐久早くんを見ると、メールしといて、と一言。わーい!なんて心の中で小躍りして、早くメールの用事ができないかななんて思って。
「送った!」
「……やっぱ、変」
「そんなことないよ!交換すると友達ーっ!て感じするじゃん、嬉しくなるもんだよ」
「……言っとくけど、友達だから教えたんじゃないし」
妙にテンションの高くなっている私をよそに、佐久早くんは自分の携帯をポケットにしまった。言ってる意味がわからないのは、わからないフリを心のそこでしているからか。言葉が詰まって出てこない。うまく繋がる言葉が全然見つけ出せなくて、どういうこと?なんてもちろん聞けなくて。
「みょうじさんは、ずっと友達じゃ困るよ」
「そう、なの?」
「俺はね」
「……私だって、友達じゃ困るよ」
ふと思い出した。妙な質問をされて、丸め込まれたあの時のこと。ストン、とちょうどいいところに収まったような。なんだか心地良くて、じわじわ広がっていく感じも同じだった。
「…マネすんなよ」
「先に思ってたのは、私だし」
これはもう、青春でしかない瞬間。