まだ開けたばかりのペットボトルを一口飲み、バッグにしまうと、次は携帯を見てポケットにしまった。廊下を歩きながら気付く。早く家を出なかったの、久しぶりかもしれない。すごく天気がよくて、お母さんが朝早くから回していた洗濯が沢山あった。沢山あるねなんて一言いってしまったものだから出来るとこまで手伝うことになってしまってのこの時間だった。

 あの時。アドレスを交換した時。
 特別な話題なんてないとは思っていたけど土日を挟んだ数日間、佐久早くんとはやっぱり一度も連絡をとることはなかった。欲張ってはいけないし、足かせになるような存在にもなりたくない。交換しただけで結構満足している、しようとしている私がいた。最低限。それに入れた私ってすごいよって。ただ、きっとメールがきたところで平常心を保てる自信もないんだけど。


「みょうじさんは、ずっと友達じゃ困るよ」


 あのときの言葉がエコーのように頭のなかで響き渡る。つられて返した私の言葉だって、勢いで言った本心だった。直後にクラスメイトが入ってきて佐久早くんは平常心で、私はバクバクで。なんなら話を続けでもしそうな雰囲気だった佐久早くんに尊敬さえ覚えてしまった。



「おはよー」

 目があったクラスメイトに挨拶をすると、もうすでに疲れたような表情で頬杖をつく佐久早くんが視界に入った。なんだ、いつもの佐久早くんだ。そう思ったら妙に楽しくなってきて、軽い足取りで佐久早くんに挨拶をしながら横を通り抜ける。鞄を置くと、肘をついたまま佐久早くんはこちらに振り返った。

「佐久早くん、元気ないね」
「朝練のメニューやばかったんだよ」
「あはは、納得」
「みょうじさん遅いし」
「そっか……え?あ、そうなんだ」

 適当な返事が相応しくなかったことに気づいたのは少し遅くて、ごまかすこともできなかった。つまんなそうに言う佐久早くんは、気のせいかもしれないけど甘えたような表情にも見える。私だけしか見たくない顔だ。気づいてほしい。誰も私たちの会話は聞いていないかもしれないけど、今日はいつもの時間じゃない。
 まだ教科書の準備をしていたから、開いたバッグのチャックを慌てて閉じて盾を作り、顔を隠す。耳まで熱いのが自分でもわかる。いやだ、佐久早くんに見られるってことは、みんなにも見られるってことだ。

「……佐久早くん、その顔はずるい」
「は?」
「だめ、普通の顔に戻して」

 私はなにトンチンカンなこといってるんだろう。だんだん声が小さくなる。ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ。なにもかも混ぜこぜになってる。間違いなく佐久早くんが原因だけど、それを上手く伝えることもできなくなる。きっとすっかり普段の顔に戻った佐久早くんの周りにハテナが沢山浮かんでるんじゃないかと想像しながら、黙っていることしかできない自分がさらに恥ずかしかった。

「……真っ赤」

 バッグの上からあっさりと覗き込まれて破られた沈黙に、ぐうの音もでない。本当だったら、佐久早くんだってかわいい顔して、なんて言いながら手鏡でも見せてやりたいけど、またバッグのチャックを開ける余裕はない。

 だめだ、もう降参だ。

 顔をあげると、佐久早くんは自分の席に座っていつも通りの表情で私を見る。

「この間噂されたばっかりだよ」
「あ〜、うん」

 なんでそんな冷静でいられるんだろう。コツでもあるんだろうか。不思議とこっちまでどうでもよくなってきて、つい先ほど一瞬だんまりをきめたとは思えない口が勝手に動く。ただし、小声のままで。

「ずっと考えてて」
「うん」
「土日も部活あるかなとか、平日とか練習見に行ったりできるのかなとか」
「……見に来たいってこと?」
「行きたいよ」
「来ればいいじゃん」
「……メールも、したかったけどできなかった」
「なんで」
「だって。急用なんてないし、どうでもいいことなんて送れないでしょ。部活で忙しいのに」
「……あ〜〜、その顔はだめだ」

 ぐしゃりと掴んでいた私のバッグは話しながら自然にフックにかけてしまっていたから、私は無防備になっている。
 佐久早くんは急に立ち上がってふわふわしていた白いカーテンを捕まえた。何秒かカーテンで私の顔を隠すと、カーテンをぱっと離して椅子に座り直した。もし今呼び掛けても、きっと振り向いてくれないだろうな。

 ずるいことを言うなら、私はただ、佐久早くんみたいに素直に思ってることを吐露しただけ。