連絡手段。便利なツール。それだけだ。
 たいして使っていなかった携帯を部活のバッグから出して、開いて、閉じる。そしてまたバッグにしまってチャックを閉じた。

「…どうした?携帯なんかチェックして」

 めずらしいものでも見たような表情でそう言った古森に怪訝な視線を送った。滅多にない電話がかかってきた時とか、すっかり忘れていたメールの返事をする時しか見ない。そんなの自分でわかってる。
 昨日の夜。さっきと同じことをして、寝る前に充電をした。朝起きて、また同じことをして、そして今。自分にとって必ずのことを選択して追求してやっている中に携帯なんて入っていなかったけど、どうやら昨日から違うみたいだ。

「みょうじとアドレスでも交換した?」
「……した」
「まじでー!」

 勘が良すぎる。うっかり素直に答えて、後悔する。なんだこれ、気持ち悪いな。
 女子みたいな会話に、着替えている部員達が一同に俺たちに注目した。こいつら聞いてたな。

「もう喋んな」
「じゃあみょうじに話聞いていーの?」
「やめろ」

 体の中に甘ったるいなにかが残っている感じがする。今日の帰りも、明日も、古森の前では絶対携帯なんか見ないと決めて、Tシャツにコロコロをかけた。





 今日のメニュー、いつもよりハードだったな。さすがに疲れた。階段を上り、廊下を歩く。いつもなら開いている教室のドアが閉まっていた。
 窓際の一番後ろを見ても、みょうじさんはやっぱりいない。

 風邪でもひいたのだろうか。それとも電車に乗り遅れたのか。どれにしたって、結局俺はみょうじさんと約束してる訳じゃない。
 バッグじゃなく、ポケットに入れていた携帯をまた見る。今日はすでにもう2回目。
 メール画面を開いて悩む。何を送れば良いのか、何も思い付かない。親指はずっと休んだままだ。結局携帯を閉じて、物足りなさを感じる。この時間を、前はどう過ごしてたんだっけ。なんか、時間が過ぎるのがいつもよりも長いな。



「おはよー」

きた。

 聞こえた声に、反応しそうになった。これじゃ忠実な犬みたいだ。俺に挨拶をしながら通りすぎたみょうじさんの方を見ると、いつも通りに会話が始まる。

「佐久早くん、元気ないね」
「朝練のメニューやばかったんだよ」
「あはは、納得」
「みょうじさん遅いし」
「そっか……え?あ、そうなんだ」

 話をすればするほど、絡まっていたものがほぐれていく。ただ、「そうなんだ」ってなんだ。それは違う気がするけど。
 沈黙が起きて、みょうじさんの目が少し泳いだ。急にバッグで顔を隠されて小声で「その顔はずるい」とか「普通の顔に戻して」とか、変なこと言い出した。理解しようにも難解すぎる。

 面倒くさい。他の女子ならそう思ってるはずだ。 みょうじさんの机に手をついて覗き込めば、下ろされた髪の隙間から見える耳が真っ赤になっていた。それを口にすると、少しの沈黙のあとみょうじさんは黙って顔を上げ、小さい声で話し出す。

「ずっと考えてて」

 みょうじさんの顔がどんどん変わる。同時にぎゅっとどこか掴まれたようにみょうじさんを見る。

 あー、やばい。なんか。

 視界で動く白いカーテンを捕まえて、みょうじさんを隠した。気付いたら、勝手に。本当はもっと。誰にも見えないように、ぐるりと一周巻き付けたくなるのを我慢して。