振りまくスパイス
覗き込んだ紙袋の中には見慣れた差し入れの他に、リボンのかかった包み。それは何となく嫌な予感をさせた。一瞬頭によぎった、間違いなくこれをくれたのは女の子だという予想は恐らく間違いじゃないだろう。
「これどうしたの?」
「あっ!それ、あー……その、なんというか」
こんなに動揺する虎くんを見るの、久しぶりだ。これがもしクロなら、わかりやすい反応はさすがにしないだろうけど。そもそも、シロとかクロとかそんな問題になるとはこれっぽっちも思っていないから、心配かといえば違うけれど、肝心なのはこれを贈った相手の方だ。
ぽろりと手から落ちたカードを拾い、なんとなく虎くんに手渡す。反応を見る限り、まだ読んでないのかもしれない。申し訳なさそうに下がった眉がひゅん、と上がり黒目が一回りおおきくなる。それで、呟いた。いやいやいや、って。信じられないものでも見たように。え、怖いんだけど。
「ついにどストレートに……」
自分の額に手をあてた虎くんがくるりとこちらに向けたカードには、どう見たってメッセージアプリのIDが丸く可愛い字で書かれていた。それに、ご丁寧に名前まで。なんというグイグイ女子だ。
虎くんはかっこいいし、ファンもいるけど。私が知る限りこういうのははじめてだったし。アイドルみたいに扱われてる選手はもっとすごいんだろうけど、でも比べるものじゃないと思う。やっぱり彼女としては……正直、いやだなぁ。
「最近よく来るの?」
「あー……バレーにはまったのは最近つってたかな」
「ふーん……そんな話するんだ?」
「えっ、いや、俺からじゃなくてな!?いっつも出待ちっつーか、なんか、……まて!なまえが疑うようなことは断じてないから!」
「……それはわかってるけど」
困ったように頭をかく虎くんは、ずっと私の様子を伺っている。せっかく会えたのに、こんなの全然楽しくないのは虎くんも私も一緒だけど、こればっかりは私たちふたりでどうにかなるような問題じゃない。
「……こういうとき、どうするのが正解なんだよ」
その呟きは私に向けられたものじゃない。どうしようもないものが口から溢れて、部屋の天井に張り付くような。そんな感じの言葉だった。
ファンから向けられる好意を無下にできない虎くんの立場を思えば、責めるのも文句を言うのもお門違い。でも、モヤモヤはほこりみたいに心の隅にあっという間に溜まっていってしまいそうだ。
◇
「山本くーーん!がんばって〜!」
耳に入る黄色い声援は、もはや黄色なんかじゃない。絶対にピンクだ。最前列に座り、手を振ってハートマークを飛ばすフリルのブラウスを着た女の子を見て、消化できない気分が蓄積されていく。そう、部屋の隅のほこりみたいに。
断じて誓う。私は偵察に来たとかそんなのじゃない。もともとこの試合はチケット取ってたんだもん。別に、違う。そうだ、違う。
ここからでもわかる。手を振り返さず、黒目を泳がせる虎くんの少し困ったような表情が。というか今の私。とんでもなく不細工な顔をしていると思う。
ピンク色の声援に気をとられている間に、気付けば試合が終わった。選手達が退場してすぐのこと。彼女は席を立ち、通路際に座っていた私の横をすり抜けていった。びっくりするくらい軽い足取り。極めつけに、わくわくとうきうきが綺麗に混ざったような表情。
今日もきっと出待ちでもするんだろうな。立ち上がり、観客席を離れる。これは興味なんて楽しいものじゃなく、ちょっとした嫉妬や不安からくるものだ。
「山本くん!今日もかっこよかったです〜〜〜!私がいるの気づきました?こっち向いたかなって思ったんですけど、目合わなかったからから気付かなかったかな!?次の試合も応援来ますね!」
「あ、アザす……」
「この間の差し入れ、気に入ってもらえました?いつか手作りのお菓子とか渡せたらいいなとは思いますけど……そういえば、連絡ってくれましたか?送れてないのかなぁ?」
ああ、ついてこなければよかった。なんて見事なマシンガントーク。なんのためらいもなくそう思った。視界に広がる光景は、私にとっては火に油を注ぐようなもので。ほんのりと顔を赤くする虎くんは、虎くんを知らない人からすれば嬉しそうにも見える。でも、私には困ったようにしか見えない。天と地との差ほどの違いを理解するには彼女はまだ虎くんを知らないし、知ってほしいとも思わない。多分こんな感情、選手の恋人としては失格なのかもしれない。
「あと、今日のスパイク決めたときの、」
「あ、あの!」
「ん?」
上に向いたマスカラのきれいについた睫毛。くるりと巻かれた髪。そこに向けられた虎くんの瞳は決意がこもったよう。
「チームを応援してくれるのは嬉しい……ですけど、その。連絡はできない、っつうか……」
「なんでですか?」
「大事な人に勘違いされたくないんで……あと、会社からもそういうのはちょっと……とにかく!スミマセン!」
睫毛が伏せられた瞬間、ばちっと虎くんと目が合った。大事な人、それにはすべてが詰まっていた。彼女がいるなんて発言はできないけれど、虎くんなりにめいっぱい考えたんだろう。正直に言えるギリギリがどこなのか。
黒目をゆらゆらさせる虎くんに「……じゃあ、仕方ないかぁ。あ、もちろん応援はこれからもしてます!」そうあっけらかんと言った彼女はさほどダメージを受けていない様子だけど。もしかしたら。友達にでもなりたかったんだろうか。ピンクじゃなくて、黄色だったのかな。
虎くんが軽くお辞儀をして見送った彼女は一度も振り返らずに会場を出て、どっと疲れたような表情で私を見た虎くんはそのままの表情で、ごめん、そうぽろりと口にした。
「……虎くんがたくさん考えたの、すぐわかったよ」
「なまえ〜」
「立ち聞きしちゃってごめんね。あとこの間、嫌な顔してごめんね」
「なんでなまえが謝るんだよ〜」
「あはは、なんて顔してるの。今日は早く控え室戻った方がいいよ!ほら、どっち?」
「あっち、」
張りつめた糸が切れたように表情をゆるめた虎くんの背中を触って控え室の方へと押せば、笑顔で手を振った。
あとで虎くんがうちに来たら、めいっぱい虎くんを甘やかそうかな。もういいよって言われるくらい。
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