偶然って重なるのね


 なんだか今日はめんどくさくて自炊する気も起きない。駅の中にあるおにぎり屋さんに立ち寄るものの、夕飯時はとっくに過ぎていて、店員さんもお疲れの様子。爆弾みたいなおにぎりしか残っていなかった。でもまぁいいか、食べれれば。

 爆弾おにぎりの入ったビニール袋を下げて歩き出すと、金髪のモヒカンが視界に入った瞬間、そこは一瞬できらきらしはじめた。

「虎んち、どんくらいの広さ?楽しみだな〜」
「別に広くねぇよ。てか絶対騒ぐなよ!」

 そこにいたのは間違いなく山本猛虎くん。声をかけようか、どうしようか。挙動不審になっている姿に気づいたのはお友達の方だった。

「なぁ。あの子虎の知り合い?」
「あ?……あ!な、なななんでここに」
「こ、こんばんは」

 目が飛び出そうな山本くんに爆笑するお友達は、何の知り合いなのか気になって仕方がない様子で私たちを交互に見ていた。
 山本くんも私も、それを語るのは恥ずかしくて若干気まずい雰囲気が流れ出す。

「ほいで結局、何の知り合いなの?」
「……今通ってる教習所でだな。えっと」
「た、たまたま話したんですよね。ね?」
「そう!それそれ!」

 ひとまず改札を出てから思った。向かう方向一緒なんだ、って。夏に近づいてるとはいえ時間が遅くなれば道は暗い。お友達の提案で一緒の所まで帰ろうとなったのはいいけれど、さして盛り上がる共通の話題がなかった為にありきたりなことばかりが話題に上がる。
 でも何も知らないからこそ、大切な話だ。

「みょうじさんはなにやってる人?俺たち大学入ったばっかなんだ」
「私も大学生。同じ、です。1年生」
「じゃあ敬語やめよーよ!タメなんだし!どこ大?」

 全然喋らない山本くんの代わりに、お友達が沢山質問をして場を持たせてくれている。私と、山本くんと、お友達。その並びの間で山本くんは借りてきた猫のようになっていた。
 大学名を口にすると、2人はそろってこちらを向いて、同じじゃん!と元気よく言った。同じって……同じ?そ、そっか。そうなんだ。山本くん、同じ大学だったんだ。それにしても2人、仲良しだな。

 よくよく聞けば山本くん達はスポーツ学科だそうで、受けている講義も違うし、あの広い大学内ですれ違うことすら奇跡でも起きない限りないような気がする。

「てかマジでびっくりしてんだけど。虎に女子の知り合いがいるとか」

 言葉の意味はすぐにわかる。だって本人から一度聞いているもの。
 返す言葉に迷っていると、まっすぐ前を見たままの山本くんが久しぶりに口を開いた。

「…もうすぐ着く、けど。みょうじさんそっから一人で平気すか…?」
「虎〜、敬語〜」
「ヘ、ヘーキ……?」
「うん。もうね、ここから近いよ……あれ。あのアパート」

 すっかり馴染んだ自分のアパートの一室。2階の角の部屋を見ていると、山本くんがぽかんと口を空けて、放心状態のままぽつり。

「……俺、ここの103」
「い、いちまるさん……私、201……」
「うっそ!え?マジ?……うけるんだけど」
「うけねぇわ」

 教習簿を見たとき。ガツンとインパクトのある名前が一番に入ってきたせいで他のことは正直なにひとつ記憶に残っていなかった。住所までは意識がいかなかったし、言葉も出ない。大学も同じで、アパートも同じ。そんなことってあるんだろうか。
 ……あるんだよね。だって今、そうだもん。でも全然嫌とかじゃない。なんなら嬉しいくらいだ。共通点があるかなんて勘ぐっていなかったから、一番大きな気持ちは驚きだったけど。

「みょうじさんみょうじさん」
「ん?」
「お願いがあんだけど、2つ」
「え、あ、ふたつ…?」
「虎とライン交換してあげてくんない?」
「なっ、なに言ってんだよ!し、失礼だろ突然!」

 からかうように手を貸すお友達と、狼狽える山本くんと、それを見ている私。
 男の子の、こういうノリは苦手だった。内輪で楽しそうに。外側から見ていた世界とは大きく違うことを、体験して初めて知ることだって沢山ある。外側から見るこの状況を苦手と思っていたのは、半分羨ましかったのかもしれない。
 今まで恋をしないわけじゃなかった。高校生の時に彼氏がいたこともあるけれど、大学生ってやっぱり、ちょっぴり大人で開放的だ。
 思いきってポケットから買い換えたばかりのスマホを出して操作した。お友達に小突かれた山本くんもスマホを出す。アパートのライトでちゃんと見えている真っ赤な顔で申し訳なさそうにしている山本くんは、その辺にいる中学生よりも初々しく見えた。かくいう私も、きっとそう。

 耳元に手を添えたお友達が小声で言う。もう1つなんだけど、と。

「虎のこと、これから名前で呼んであげてくれない?」
「どうして…?」
「うーん。虎が喜ぶから?」

 私もちょっぴり大人で開放的な気分だった。山本くんと呼ぶよりも、猛虎くんと呼ぶよりも、近しい呼び方を駅から何度も耳にしていたから、実は心のどこかで呼んでみたいと思っていた。
 耳打ちした後離れていったお友達を疑うような目で見る山本くんを目の前にして、伏し目がちになる。あるだけの勇気を振り絞って。呼んでみたいと思った今なら呼べるような気がして。

「みょうじさん……?」
「と、虎くん…って呼んでも良い?」

 頭の上にビックリマークがいっぱい。石みたいになった山本くんは、どもどもしながらお友達をグーでグリグリ押したりしている。どうしよう、どうしたらいいの。今すぐ階段を駆け上って鍵を空けて扉の中に逃げ込めたらいいのに。

「……ハイ喜んで!」
「居酒屋のバイトかよ」
「うるせぇ!」
「明日、教習所行く…?」
「……い、行く!午後」
「私。午後ずっと教習所なんだ。明日また会えるね」
「…え?」
「じゃああの、その。2人とも、おやすみなさい」
「うん。おやすみ〜大学で会ったら話そうね」
「お、おやすみ!みょうじさん!」
「……送ってくれてありがとう」

 小さく会釈をして階段を登りはじめると、予期していなかった自分の乙女モードにじわじわ恥ずかしくなる。へにゃりと力が抜けて立ち止まると、後ろから聞こえる2人の声。

「可愛いな、みょうじさん」
「……は!?お前彼女いるだろ!……浮気か!?」
「違う。頑張ればって言ってんの、虎に」
「…俺!?やべぇ、動悸が」
「もうそれ好きじゃん。みょうじさんのこと」
「……みょうじさんは可愛い。けどな、そんな簡単にそんなすすす好きなんて言葉を軽々しく」
「はいはいわかったわかった」
「くそ、リア充め…!」

 息をすることも忘れ、私は一歩も動かずにいたらしい。聞いてはいけない会話だったような気がする。ぼんやりとする感覚から覚めたのは、多分103号室の扉が閉じてからだった。
 やっと階段をのぼる。熱い頬を冷ますような春の風に撫でられながら。