効果測定、何回目?


 張っていた緊張の糸がぷつりと切れた。正直、技能講習は最初のうちは楽しかった。だって場内走って、安全で。誰も煽らない。
 ところが場外に出てみたら、教習車はかなりの確率で煽られるし、教官鬼みたいになるし、信号いつ変わるかわかんないし。その辺りからだ。公道を普通に走る運転手さん全て、高齢者マークのおじいさんすらも尊敬に値する枠内に入ったのは。
 今日は指折り数えながら嫌がっていた高速道路をついに走行してきたものだから、多分顔がげっそりしているに違いない。甘いものが食べたい。糖分、糖分がほしい。

 あいにくカフェにスイーツを。なんて時間はないため、2階の自販機前へ向かう。飲み物、何があったかなぁ。冷たいココアとか、紅茶とか。そういうのはあるよね。飲んだら2回目の効果測定行って、そのあと学科行って。ああ忙しい。頭パンクしそう。

 とにかくすっきりしたい気分。自販機とにらめっこして、小さな角切りナタデココの入ったジュースを買った。自習室の張り紙を見ながら飲み干したけれど、底に残ったナタデココがぺちゃぺちゃと音をたてている。傾けたところで寄ってくる訳でもないしなぁ。諦めよう。だがしかし、次飲むときは絶対ナタデココ一粒たりとも逃してやらない。そう心に決めて階段を下りる。

 効果測定用のパソコンが並ぶ部屋で教習簿を渡して指定されたパソコンへ向かおうとしたら、山本くん……違う違う。虎くん、が一番端のパソコンの前で唸りをあげながら肩肘をついて考え込んでいた。昨日言ってたもんね、午後来るって。後で声かけようかな。それにしても、すっごい苦戦してる……

 教習番号を入力すると、効果測定が始まった。このパソコン、古いから目がチカチカするんだよね。もう慣ちゃったけど。
 意地悪な引っかけ問題が嫌なタイミングで紛れ込み、下唇を出してマルかバツの二択に迷う。考えすぎると逆にわかんなくなる引っかけ問題って何なんだろう。運転中に引っかけ問題をふと思い出して漫然運転しちゃったらどうするんだろう。引っかける必要あるのかな?これで間違えたとしてさ、うっかりミスの部類に入るんだろうか。不毛な考えをぐるぐるさせながら問題を解き進める。

「はぁーーー…」

 集中していたパソコンへの視線はそのままに、大きく長いため息のした方へと意識をうつすと、椅子を引く音と共に「あっ」と驚きの声が上がった。間違いなく虎くんだ。

「みょうじさん…!」
「そこ。私語厳禁」

 教官にきつい睨みをきかせられると眉を下げて小さく手を振り、私ももうすぐ終わるから、と一言告げてパソコンを見た。ごめん、とどもどもしながら点数を記入された教習簿を受け取りに行った虎くんは効果測定の部屋を出ていって、残りの数問を解いた私も教習簿を受け取って部屋を出た。虎くん、どこにいるかな。

「あ。いた」
「さっき、ごめん」
「あの、急にいたからびっくりしたよね。私もいつ声かけようかって思ってたから、ご、ごめんね」
「イヤ!みょうじさんが謝るのは違うっつーか。そ、そういえばこのあとってさ。何入れてる…?」
「えっと。学科。虎くんは?」
「俺も」

 あの時みたいに。初めて会ったときみたいに。名刺代わりに教習簿を開いて、19番の空欄を指差した。虎くんの表情がパーっと明るく嬉しそうになったのを見て、察する。

「……さっきね、高速走ってきたよ」
「俺もこの間やった。どうだった?車線変更、できた?」
「車線変更…?え…虎くんやったの?」
「うそ。俺だけ!?なんかおかしいと思ったんだよなぁ〜〜」
「すごい……出来そうだからやらせてみたんじゃない?」
「あんの教官め…車線変更してみろ〜って確かにふざけて言ってたかも」

 教官の名前を聞くと、確かにふざけてやってみなよ〜とか言いそうなタイプの人かもしれないと思った。真に受けて頑張る虎くんと同じように、私もそうは出来なかっただろうな。三車線の一番左をビクビク走った私と虎くんでは訳が違うのだ。

「みょうじさんはなんで免許取ろうと思ったの?」
「うーん、実は目的はないんだ。虎くんは?」
「2月生まれだからさー、俺。本当は高校のうち取れれば良かったんだけど、誕生日きても結構忙しかったりして、そんで今」
「そっかぁ」
「免許取ったら、なんかやりたいことある?」
「やりたいことかぁ……レンタカー借りて友達と出かけたりしたい、かな」
「わかるー」
「水族館がいいかな。あ、でも水族館ならデートがいいかも」
「……そ、その」
「……?」
「お、お付き合いされてる方は、い、いる…?」
「いないんだ、残念ながら」

 やっと普通になってきた虎くんが急にガチガチに緊張しながら聞いた言葉には、どんな意味があるのか。それはまだはっきりとしないけれど。

「そろそろ前の学科終わったかな」
「い、行くか」

 階段をのぼって、ぞろぞろとすれ違う生徒さんたちがいた教室へ入る。さすがに私たちが一番乗り。廊下側の前から4番目。お気に入りの位置に座ろうと思うと、虎くんが控えめな様子で隣の椅子を引いた。

「ここ座っていい?」
「もちろん、どうぞ」