問題だよ、デデン!
「あっちの棟、スポーツ学科だよね?なんかあるの?」
確実に無意識だった。だけど言われてみればスポーツ学科を意識する理由はもちろんある。それはたったひとつ。
入学して数ヵ月、気づいたらすっかり友達になっていた彼女は、興味津々に私の話を聞いて、虎くんのことを王子様みたいだなんて言った。王子様。私にとって虎くんは、友達のいう通り王子様なのかもしれない。だからきっときらきらして見えるのだ。ヒーローとはなんか違う。女の子が苦手で、金髪だけどモヒカンで、一瞬怖い人に見える。容姿を言葉にしていない今、これを伝えたら友達はどれほどびっくりするだろう。友達はどんな人を想像してるのかな。
次のコマ、私たちは別の講義を取っていた。友達は午後は予定があるらしく、今日はここでお別れ。またね、とあっさり別れを告げられて、ひらひらと手を振ると、私も次の講義室へと向かった。
▽ △ ▽ △
きっかけは友達の言葉で間違いない。いつも使っている学食はいつも通り混んでいた。空席はあったけれど、ふと思ってしまった。虎くんに会いに行ってみようかなって。未だ踏み入れたことのないスポーツ学科の方の学食へ行ってみるのもありなんじゃないかって。
単純に、会って話がしたくなった。そう思って方向転換した私の足取りはすごく軽かった。
なんとなく、雰囲気が違う。単純かもしれないけど、やっぱりスポーツができそうな人が多い気がする。学食に入るのに緊張したのは入学して初めて今では慣れた学食へ踏み入れたとき以来だった。
食券機に列ができていたから、とりあえずキョロキョロと虎くんを探していると、あの目立つ髪型を見つけた。後ろ姿だから確実じゃないけれど、私の中で妙な確信があった。一応ぐるりと回って遠くから確認をする。やっぱり、そうだ。
だけど。でも。
ここまで来ておいて、声をかける勇気が湧かない自分が少し嫌になる。ここで慣れた学食へ戻ってお昼を食べたら、きっと味気なく感じるんじゃないか。ぎゅっと拳を作り、歩き出す。よっぽどの美人や、よっぽどの美男でない限り、大学で有名になることはあまりない。私がここに居るのだって、私だけが違和感を持ってるだけ。近づいていくと、寅くんはあのときのお友達と二人でご飯を食べていた。びっくりするくらい大盛りのごはんがお茶碗に盛られていて、緊張を一瞬忘れる。
「わ。すごい大盛り」
思わず口に出したそれが耳に入った虎くんが視線を私へと移して、お箸を持ち上げたまま仰天の表情をした。もうちょっとマシな可愛い声の掛け方があったはずなのに。
「うお!みょうじさんじゃん!こっちの学食も使うんだ」
「初めて来てみたんだ」
「な、なんでここに?…なんでここに?」
「2回言ってんぞ、虎」
しっかり突っ込んだお友達は、もうすぐお皿が綺麗になるところだった。虎くんは、食べ始めたばっかりみたいだ。時間差で来たのかな。
「買ってきたら?俺もう終わるからここ座んなよ」
「ありがとう……いいの?」
何度も首を縦に降った虎くんが、充分すぎるスペースをもっと広げてくれる。充分広いよ、そう言うと自分に寄せていたトレイを少しだけ戻した。
一旦その場を離れ、食券機の前に立ってから知る。冷やし中華が始まったらしい。その辺の中華のお店よりも、まだ一足早いんじゃないかな。後ろを見ると列がまだ出来ていて、慌てて冷やし中華のボタンを押した。
虎くんの元へ戻ると、大盛りのごはん片手に、美味しそうにカラッと揚がった唐揚げを頬張っていた。トレイを置き、お友達の座っていた席に座る。目が合った虎くんは、さっきよりも緊張していないような気がする。だけどやっぱり、何度か教習所で会ったときに比べたら、お互いなんとなく、ぎこちない。なんで場所が変わるだけで緊張してしまうんだろう。
端からみれば、気まずさマックスだと思う。何を話すか様子を伺って、ちらちらとお互いタイミングがずれながら視線を送って。まるでお見合いみたいだ。
冷やし中華を数口分軽く混ぜようとした時、ふと思った。小学校の頃、カレーを混ぜて食べる派と混ぜない派の論争が起きたことを。明らかにカレーを混ぜなそうな男子は「混ぜたらきたねぇ!無理!」と断固たる意思でそれを主張してきたんだった。まぁ小学生の時の話だ。今思えば自分がどっち派だったかも覚えていないし、誰がカレーを混ぜようが混ぜまいがお好きにしてくださいと思うのだけど、冷やし中華はどうなんだろう。ぼーっと考え込んでいるうちに、だんだん答えがでないことがわかってきて、とりあえず麺を口に運ぶと思いの外クオリティが高かった。
「……学食の冷やし中華ってこんな美味しいの?」
「まじか!俺も冷やし中華迷ったんだわ」
「これは学食のレベルじゃないよ…」
食べ物は偉大だ。お互いに急にピーンと張っていたものが無くなっちゃうんだから。
「講義、午後イチから?」
「その次からだよ。休講になっちゃった」
「1コマ空くと変に移動できねーから暇んなるよな」
「そうなんだよね、虎くんは午後イチ?」
「いや。みょうじさんと一緒」
効果測定に躓いていた頃、スマホに効果測定のできるアプリを入れた。結構実になったこともあって、合格印の埋まった今でも時々やっていたりする。
虎くんの言葉につい思ってしまったこと。問題出し合わない?なんて地味な誘いをするのはちょっと恥ずかしい気もしてしまう。
「……みょうじさん、空き時間予定ある?」
「……へ?」
「もしなかったら、その。もう少し話せないかなーと……」
「わ、私も。誘おうと思ってたから」
ダッシュで戻ってきたお見合い感が、まわりにうろうろし出して、虎くんの顔は真っ赤で、多分私の顔も真っ赤で。空の食器の乗ったトレイを片付けて学食を出ると、大学内に沢山あるベンチに座り、効果測定のアプリを開いて見せる。
「私ね、最近これで勉強してるんだよ」
「これじゃない方だったら俺も入ってる」
「どっちがいいとかあるのかなぁ」
「変わんないと思うけど」
「問題、出し合おうよ」
「おお!いいよ!」
私が最近知った虎くんがここにいて、それが嬉しかった。そして、虎くんの入れているアプリの問題はちょっと意地悪なひっかけが多かった。
仮免受かりたいよね、お金もったいないもんな、なんて一番の共通の話題を時折話す。楽しい時間がすぐに終わるのをあっという間と感じるのは、あと数十分ほど後のこと。