ドッキドキ本免試験


 見事に仮免一発合格を果たした虎くんと私は今、免許センターにいる。講義が忙しかったりして私の方が仮免取得が遅れたけれど、同志がいる方が安心すると私のことを待ってくれた虎くんには感謝しきり。私だって、虎くんがいた方が安心するもの。

 沢山置かれた長椅子。早めにきた時はがらがらだったのに、書類提出時間を過ぎた今は座りきれない人が壁にもたれてスマホをいじったりしている。
 ペットボトルの蓋を開けると、飲んでも飲んでも喉が乾く清涼飲料をまた一口含み、隣でアプリを開いておさらいをする虎くんを見る。全然黒目が動いてないけど、これ問題読んでるんだろうか。

「……緊張してる?」
「してる、口からなんか出そう」
「……何かって。何が出るの?心臓?」
「そうだ、心臓だわ」

 会話でわかる。私より多分虎くんの方がちょびっと多めに緊張しているのかもしれない。

「みょうじさん、自信ある?」
「なくはないけど、あるとも言えない」
「どっちだよ」
「えー…ないかな、いや、ある…かな?」
「どっちだよ」
「わかんない」

 あと10分で試験会場へ案内が始まる。順番に受け付けしたから、虎くんと私は近い。多分、前後の席だと思う。周りの受験者の空気も、ちょっとピリピリしてる。この感じ、最近味わった気がすると思ったら、そうだ、入試の時に似てるんだ。

 何人入るんだろうと思うくらいの大きな教室の入り口には「私語厳禁」の張り紙。それはもうしんとしていて、誰一人喋ることもない。響く音といえば、時折喉の調子の悪そうな誰かが後ろの方で咳をするくらい。
予想通り、私の前に虎くんが座ると、やっぱり一緒に来てもらって良かったとほっとする。一回だけ虎くんが私の方へ振り返り、力強く親指を立てた。私も真似して親指を立てて頷く。言いつけ通り私語厳禁を守ったまま。
入り口で配られた鉛筆以外を机の下にしまって、前を向いて待っていると、試験官がかなりいかつめの声色で言う。

「携帯電話、スマートフォンはこの箱に入れること。鉛筆は落としたら手を上げて待っててください。自分で拾わないこと。私語厳禁。もちろんカンニングがあれば一発退場となりますので絶対にやめるように。あと、時間内に早く終わってしまった場合は退室可能ですが、戻ってこれないのできちんと最終確認してから退室するように。こちからから伝えることは以上です。では、始めてください」

 バサッと紙をめくる音が何重にも重なって教室に響く。試験は効果測定と同じようなものが多くて、マークシートを塗り潰していく形式だった。確実にわかるところをどんどん埋めて、悩んだ所を後から埋めていく。どれだけ自信があっても自信を持ちきれないのは、9割以上の点数でないと合格にならないのが主な原因だと思う。
 一通りマークを埋めて、もう一回見直して。やっぱり不安でチェックミスがないかもう一回見直して。そうこうしている間に終了のアラームが鳴った。大丈夫かな、ひっかけ問題にひっかかってないかな。結果が出るまでは安心はできない。この雰囲気をもう一度味わうのは、考えたくもないことだ。虎くんは3分の2くらいの時間が経ってから見直しに入ったのかな。姿勢の感じからなんとなく、わかる。もしかしたら勘違いかもしれないけど。


 教室を出ると、堰を切ったようにため息をついたり、知り合い同士でああだったこうだったと話したり。あのピリピリした空気は、全然美味しくないのは皆同じみたいだ。
 お昼休憩を挟んで、結果が出る。途中にあったコンビニで買ってきていたお昼を食べながら、2人してネガティブモードに入る。

「どうしよ、全然自信ない」
「もっと勉強しときゃ良かった」
「見直したけど、まだ間違ってたかも」
「俺一回しか見直せなかったし」
「はぁ……」
「でも、もう待つしかねーもんな」
「……とりあえず食べよっか」

 なかなかのネガティブモードは虎くんの一言により収まって、止まっていた箸をようやく動かし始めた。


▽ △ ▽ △



 合格発表の瞬間は突然やってきた。

『只今より、合格者を発表いたします。モニターに受験番号の表示された方は各手続きがございますので奥へお進みください』

 アナウンスが入り、受付近くのモニターに合格者番号が一気に表示される。一番遠くの壁際にいたため、モニターの数字は米粒のように小さくてよく見えない。

「えっ、どうしよ。合格してるかな」
「それはわかんねぇ……」
「うう……すっごいドキドキしてる」
「と、とりあえず行こ」

 歩きだして半分くらいしてから気付いた。いつの間にか私の手が勝手に虎くんの半袖の先を摘まんで持っていたみたい。いつからかはわからないけど、特段離すつもりもなかった。引け腰になる私を虎くんに引っ張ってもらってるも同然だったから。

 モニターの前に立つと、虎くんの背中越しに番号を探す。左上から右下へ、視線を移動させて自分の番号を見逃さないように順々に。

「……あった!」
「……わ!あった!やったー!」

 さっきのネガティブモードはどこへやら。テンション上がりまくりだ。満面の笑みで振り向いた虎くんと目が合うとお互いハイになって言葉もでない。喜びの捌け口がない。どうしようもないどうしようを何回も頭の中で思っていると、ガバッと突然抱きつかれて、体が勝手に虎くんの背中に手を回してぴょんぴょん跳び跳ねた。

「良かったぁ〜〜」
「やべー!絶対落ちたと思ったー!」
「ほんとによかっ……」
「……ああああごめん!」

 状況を把握するのは簡単だったはずなのに、テンションの壁に阻まれてすっかりしっかり抱きついていたのには自分で驚くばかり。きっと虎くんもそう。ガバッと抱きつかれて、ガバッと離れた腕を見て、お互い弁明の余地もない。



 さすがにこれは気まずい。そう思いながら免許証用の写真を撮り、書類に間違いがないかを確認して免許証を受け取った私たちは電車に乗って同じアパートへ向かう。
 元々このあと予定がないことも、空き時間に話していたものだから、気まずいからって今さら「やっぱりここで」という訳にもいかない。時間が経つにつれ、だんだんいつも通りに戻っていく。電車に揺られながら、免許証の写真を見せ合って、免許証にしては私たち写り悪くないね、なんて言い合って。

「さすがに1日中拘束は疲れんな」
「疲れたよ〜でも本当に良かった。お互い受かって」
「ほんと。あの空気ヤバすぎだよな」
「次行くときは免許更新だね」
「おー。結構先」
「……あ、そういえば聞いてなかったね。虎くんが免許取ったらやりたいこと」
「あー…最近できたんだ」
「最近?」

 夕方はもう少し先。すれ違う人もそれなりにいて、私有地を掃き掃除している奥さまもいる。互いに向かうアパートはもう少し。
 足を止めた虎くんが私へと向き直って、なんちゃら大作戦みたいにお辞儀をしながら右手を出した。

「みょうじさんとドライブデートしたいです!!!」

 恥ずかしくて、うまく言葉が整理できなくて。頭をあげると同時に引っ込められそうになった手を両手で掴むと、虎くんが堪えるような表情で顔を上げる。

「私ね、行きたいところあるんだ」
「い、いいよ!どこでも!」
「……できれば、水族館がいいな」

 伏し目がちに掴んだ手を見ながら声を振り絞る私に、虎くんはどんな視線をくれたのかな。私が言う、水族館に行きたいという意味を、汲み取ってくれたかな。月が綺麗ですね、みたいなものだよ。