初心者マークは重要


 免許を取得して、諸々を受け取った時は全く疑問に思わなかった。なんで初心者マークって1つしかもらえないんだろう。レンタカーを借りた。水色の、まさに水族館カラーのコンパクトカー。前に虎くんの初心者マークをつけて、後ろに私の初心者マークをつける。吸盤型のはちょっと心もとない。高速に乗るのはさすがに今回はしないけれど、教官なしで公道に出るのは私は初めてだった。虎くんは……なんか運転が上手い。

「……こそ練した?」
「あー……この間先輩の車運転させてもらった」
「虎くんの裏切り者〜!私本気で教官なし初ドライブだよ…?」
「だ、だって!かっこいいとこ見せたいだろ!……ごめん。あんま話しかけないで」
「ごめん」
「いいよ……よくないけど」
「どっちなの」
「信号待ちの時に話しかけてほしいわ」

 一見普通に見える会話も、虎くんの様子を見るとかなりイメージが変わってくる。はっきり巻き込み確認したり、信号が変わりそうになるとあわあわしたり。ましてや隣に座ってるのは私だ。補助ブレーキを司る教官じゃない。
 やっぱり男の人って運転が上手いのかな。学科で言ってたっけ。女の人は空間把握能力が高くないから、基本的には男性の方が運転上手いって。
 あ。信号待ちだ。

「なんか飲む?」
「大丈夫〜」
「なんかあったら言ってね」
「………」
「……なに?」
「やばい。今の会話、照れる」

 イコールの意味は、そういうみたいだということ。後部座席に座る友達がもしいたらと思ったら……たしかに照れる。あんまり視線動かしたくないかなとか思ったりして、気を使ったつもりだったけれど、確かに。恋人、みたいだ。
 車が発進する度、横顔を見る。出発早々、あんま見ないでと言われてからは、普通に見るのは中止してこっそり見ることにした。
 水族館はそう遠くない。30分ちょっとでコンビニの駐車場に入り、交代する。急にドキドキするのは、ほとんど初ドライブのせいだ。運転席に座って、座席を直す。黙って色々確認をしたりする私に、虎くんが背もたれに合わせて座りながらこちらを見て笑っている。

「俺よりぎこちないね」
「助手席ではどうとでも言えるんだよ〜」
「みょうじさんもさっき色々言ってただろー」
「……い、言ったかも」
「大丈夫でしょ。教習車より車高高めだから運転しやすかったけど」
「行くよ…?」
「頑張って!」

 エンジンをかけて、再出発する。

 ちなみに肝心の私の運転はというと、もう少し練習が必要かもしれない。コソ練、しておけば良かったなぁ。


▽ △ ▽ △



 駐車場の一番遠く。比較的空いているスペースに何度も切り返して駐車をすると、大きくため息をついた。手順を確認しながらエンジンを停めると、しょんぼりしながら虎くんを見る。

「お疲れ」
「ありがとう」

 アイメイクが崩れないよう、目の下を撫でて手を下ろす。30分運転したくらいでこの様だ。もっと練習しないと、一瞬でペーパーになる気がする。車を降りて、遠い遠い建物まで歩く。


「涼しー…天国ー…」

 初夏にしては日差しが強い。手のひらでぱたぱた風を起こして前髪を流し直すと、目が合った虎くんが照れたように視線をそらした。

「……ん?」
「い、いや。暑かった。うん」

 理解しきれなかった虎くんの照れは諦めて、チケットを買って中に入る。さっきの、なんだったのかな。
 薄暗い水族館。もちろん中は涼しいけれど、水を見てるだけで涼しくなってくるのはなんでだろう。子供の頃はただただ生き物を見ることが楽しかったけど、今はちょっと違う。不思議な感覚。
 映画で見たことある魚とか、すっごく大きいマンボウとか。順々に水槽を見ると、映るのは虎くんと私。休日だからか、親子が多くて、子供達が水槽を一生懸命覗く後ろを、大した会話もなくゆっくり歩く。イチャイチャするカップルを通り越してすぐ、見逃した段差で躓いて咄嗟に掴もうとした先に合ったのは虎くんの手だった。正確に言えば、私が躓いたのに気付いた虎くんが、私の腕を支えるように手を出してくれていた。

「…っと、足、捻らなかった?」
「う、うん。大丈夫」

 ああだめだ、きらきらがたくさん。手が離れて、虎くんが恥ずかしそうに笑った顔は、すごく魅力的だった。大きな水槽の前。人だかりができているのを後ろの方から見ると、イルカが気持ち良さそうに泳いでいる。ここはイルカプールの下の方なんだ。斜め掛けにしていた小さなバッグスマホを出して写真を撮る。

「みて。かわいいね」
「…うん」

 何枚か写真を撮って虎くんを見ると、虎くんとバッチリ目が合う。え、な、何みてたの。そんな、聞けっこないことを思う。

「…俺、」
「……」
「みょうじさんといると、すごい楽しくてさ」
「……うん」
「また、じゃなくて。これからもずっと、大学卒業してもずっと、こうやって、その。デートしたいなって思う」

 もしもそれが叶ったら。間違いなく私はすごく嬉しいと思う。時々言葉に詰まる虎くんを、静かに待つ。ドキドキを抑えながら。薄暗いし、虎くんの顔は見れなくて。それが逆にドキドキを強くしていく。

「だから。好きだから。俺で良かったら、付き合ってください」
「…うん。よろしくお願いします」
「……」
「……」
「うっ、え…夢?」
「夢じゃないよ」

 幸か不幸か。後ろの方にいた私たちは揃って俯いて、それからイルカを見る余裕なんてなかった。歩き出して、歓声が上がる人だかりを抜けると、段差を見て思い出す。さっきのことを。

「もっかいちゃんと、つ、繋いでもいい?」

 ダメなわけないよ。遠慮がちに差し出された手に手をのせると、優しく、離れないように私を掴まえてくれた。ふわふわのクラゲも、トゲトゲのフグも。そこからはなにもかもが特別に見えてくる。

 じっくり見れなかったイルカの小さなぬいぐるみをお土産屋さんで自分に買おうとしたら、俺がプレゼントしてもいい?なんて聞かれて。小さい方にしてよかったなんて心の中で思って。
 絶対。ずっと大切にしよう。虎くんとの仲も。もちろんこの子も。
 これからもずっと。虎くんの言葉を、胸の中から何度も出してはしまってを繰り返す。これから先も、何度も。ずっと。……ああどうしよう、それってすごく素敵なことかもしれない。