これまたベタな話ね
しょうゆ、みりん、料理酒を同量。お玉で一杯ずつ入れて、あとはバーっと適度に水を入れて…少なめにしておこう。濃かったら水足せばいいし。
実家から持ってきたこの土鍋は、実家2つあったうちの小さい方。とはいえ、1人鍋には大きい。さっき母に電話して、言われた通りのレシピを書いた紙を見ながら何を作ってるかというと、冬の定番、おでん。コンビニで食べるおでんは美味しいけれど、やっぱり慣れた味の方が好きだと気付いたのは1人暮らしを初めてからだった。
スーパーでおでんの具セットを買って、入れてみる。そんなに買っていないと思ったのに、大根などの大物がぎゅうぎゅうと場所をとっていて、まるでおでん種が押しくらまんじゅうでもしているみたいだ。おでん種から出汁がでるから、顆粒だしとかは入れなくていいからねと母が言ってくれなかったら今ごろ顆粒だしを入れていたような気がする。
あとは沸騰しないくらいの火で煮込むだけ……なんだ、案外簡単じゃない?
蓋が楽しそうに音をたてる。カタカタ、コトコト。だんだんいい匂いがしてきて様子を見に行くと、キッチンのタイマーがちょうど良く鳴った。
土鍋の蓋を開けると同時に湯気が上がり、換気扇に吸い込まれていく。あーーいい匂い。見た目と匂い的には大成功な気がする。入れすぎた大根をひとつ小皿に出して、お箸で半分に切って味見をすると、味の染み具合は初めてにしては上出来だった。
ただ問題は、思いの外量が多くなってしまったこと。1人で食べきるには数日かかるし、それにしたって飽きちゃいそうだよなぁ。友達を誘っておでんパーティーも考えたものの、せっかくの初おでん。結構うまくいったのに同じアパートに住む彼におすそわけしない手はない。かなりベタではあるけれど。
ポケットのスマホを操作して、メッセージアプリを開く。打ち込むメッセージは簡単なもの。おでんを作りすぎたんだけど、家にいますか?もらってくれないかな?って。
画面をそのままにしてキッチンに置いて洗い物を始めると、1分もたたないうちに返信がきて、泡のついた手を浮かせて確認する。
『今電話していい?』
こちらはまさかの電話宣言に大慌てである。手の泡を流してタオルで手を拭くと、スタンプを押す。オッケー!って愉快な猫のスタンプ。なんで電話なんだろう……?虎くんが電話なんて、珍しい。それからすぐに鳴った電話をとると、喋り始めた虎くんの後ろでは楽しそうな会話が聞こえる。
「なんか賑やかだね。どこかにいるの?」
「いや、俺んちなんだけど……今高校ん時のチームメイトが来てて」
「そうなんだ!じゃあ、お邪魔しない方がいいね」
「あー……そうじゃなくて。おでんって、その、結構量あんの?」
「量はあるんだけど……はじめましての方に食べさせられるようなほどの自信はないよ……?」
「黒尾さ…先輩がみょうじさんに会いたいらしいんだけど」
「わ、私?」
「悪いけど、今来れねぇ?会う気満々になってて」
「じゃあ準備したらおでん持って行くね」
電話を切り、髪を手櫛でとく。お気に入りのニットを整える。準備したらって言ったけど、いつも通りのメイクもしているし、よく考えてみれば特に思い付くことはない。心の準備は間違いなく必要だけど、そんなの始めたら逆に緊張してしまいそうだ。
あと2人分って言ってたよね。先輩が2人来てるのかな。ぐるぐると考えながら自分の分を保存容器にうつして冷蔵庫にしまうと、まだまだ具の入っている土鍋を鍋掴みで持って部屋を出た。
103号室のインターフォンを肘で押して待つと、急にドキドキしてくる。家にくるほどの仲のいい元チームメイトに紹介されるって、どんな感じの会話すればいいのかな。色々質問されたりするのかな。
扉が開いて、笑顔で出迎えてくれた虎くんの後ろ、部屋の方からひょっこり顔を出す黒髪の人に会釈をした。
「うお!鍋ごと?」
「3人分ってどれくらいかわかんなくて」
「スゲーいい匂いする〜重そうじゃん、持とうか?」
「あ、いいよ!熱いから、なんか鍋敷き的なのあったらテーブルに敷いてくれる?」
「鍋敷き……タオルでいい?」
「多分平気!」
虎くんの後ろを歩きながら話して、恐る恐る部屋まで進むと、さっき会釈をした黒髪の不思議な髪型の方がにやにやとしている。もう1人はプリン頭の物静かそうな方。とりあえず先輩っぽいのは、この黒髪の方かな……?
「山本が女子と普通に喋ってんだけど」
「……変わったね、虎」
「オイ研磨。どういう意味だ……?」
本格的に笑い始めた黒髪の方と、今のところ一度も目があっていないプリンの方。紹介されるって、こういう感じなんだ。とりあえずタオルの上に鍋を置いて第一声に迷っていると、虎くんが気を使ってか私に2人を紹介してくれた。
「みょうじさん、こちらが先輩の黒尾さん。で、こっちが研磨。俺らとタメ」
「虎くんとお付き合いさせて頂いてます。みょうじなまえです」
「ほんとに居たんだな〜なまえちゃん」
「居ますよ!まだ信じてなかったんすか!」
「だって山本に彼女だぜ、疑うしかないだろ」
盛り上がる虎くんと黒尾さん。気心が知れているのが見ていてよく分かる。研磨さんが鞄からポータブルのゲーム機を出してやりはじめると、ここは自由すぎる空間になった。
口をぎゅっと結んで妙に楽しい雰囲気に頬を緩ませていると、虎くんが私を見てハッとしてから鍋の蓋をちょっと開けた。
「う、うまそう…!」
「おお〜!まだ熱々じゃん」
「失敗はしてないと思うんですけど…お口に合わなかったらごめんなさい」
「研磨〜、なまえちゃんおでん食おーぜ」
「うん。食べる」
「てかさりげなくなまえちゃんて呼ぶの止めてくださいよ!」
バラバラの小皿をシンクの上から持ってきた虎くんが納得いかない表情でそう言って、やきもちらしいものを焼いている。なんだか胸の辺りがくすぐったい。
「山本も呼べばいーだろー?…なー、からしは?」
「からしは無いっす!」
「あ、あの。うち戻ればあるので、今取ってきますね」
ポケットに入れていた鍵を出すと、行ってくるね、と虎くんに一言告げて部屋を出た。
▽ △ ▽ △
「あのイルカのキーホルダーお揃い?山本も玄関の鍵につけてなかった?」
「……お、お揃いっす」
「ふーん」
「なんか虎って、プレゼントするの下手そう」
「おまっ…!なんでわかんだよ!」
「……はい詳しく〜」
かくかくしかじか。イルカのぬいぐるみをプレゼントした話をした猛虎は、あれが正解だったんだろうかと思っていたようで、それを聞いた黒尾はブヒャヒャと大笑い。そしてその後に大きなため息ついて手を広げながら諭す。
「山本、そこは欲しがってる時点で察して他のことに気を引かせておいて見えないところで買うもんじゃねぇ?」
「な…!名案じゃないすか…!そ、そんな手があったか」
「それ、普通だと思う…俺でもそうすると思う」
果たしてスマートに振る舞うことが山本にできるのだろうか。そう心配する研磨と、絶対後日聞き出してやろう。そう思った黒尾。もうすぐ玄関をそっと開けるなまえは、部屋に入ったらきっと、3人の醸し出す雰囲気に首を傾げる。