小型飛行機はゆーらゆら 小型飛行機は風に煽られやすい。酔い止めを飲んでいなかったら、窓から見える雲を飛行機がかき分ける瞬間を楽しむ余裕なんてなかったと思う。
なんでかわからないけど、ずっと好きだった映画がある。高校生の頃に付き合っていた彼には「つまんない」と一蹴されそうで言えないほどに起伏のない映画だったけど、そこにでてくる海や砂浜や、整備されていない緑が好きだった。一番はまっていた頃は週1ペースで見ていたような気がする。
私のこれから行く小さな離島は、その大好きな映画のロケ地だ。もう何年も前の映画だから、今さらそれ目当てで行く人は少ないようだけど、お金のかかる離島への旅行は学生に気軽に出来るものじゃなくて、ようやくとれた連休と、ようやく貯まった貯金が揃った今だからこそできるもの。
別に一人が好きっていう訳じゃないものの、今回の旅行は一人で行って、行き当たりばったりで島の人と交流して、映画みたいな思い出を作りたかった。誰も知り合いのいない、私だけの思い出を。
小さな島はさほど上空にいないこの飛行機からも簡単に見渡せる。砂浜は真っ白で、海はエメラルドのようにキラキラして嘘みたいに透き通っていた。何度も映画や写真で見た通り、安易に綺麗で表してはいけないほどに綺麗だった。
飛行機が揺れる度に狭い飛行機の中からおののきのような声が上がり『まもなく着陸いたします』というパイロットのアナウンスがして暫く経つと飛行機の揺れが大きくなる。不安の混じる声の中、私はわくわく以外の感情はなかった。
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「ご搭乗ありがとうございました」
ぺこりとCAさんに頭を下げると、自分の小さなスーツケースが出てくるのを待つ。この島へ行くための飛行機も小さければ、この島の空港も小さい。飛行機は一日数便しかないし、天候がよくなければ簡単に欠航になると読み漁ったブログのどれかに書いてあった。
流れてきた赤いスーツケースを引き空港を出ると、ホテルや宿名の書かれた手書きのプラカードを持ったラフな服装の人たちがのんびりと立っていて、私の泊まるホテルのプラカードを持ったおじさんに声をかけた。
「あの」
「お名前は?」
「みょうじです」
「はいはい。待ってね、あと1人来るから」
角のないため口はすごくまろやかで、私の思い描いていた島民と全く同じだった。邪魔なもののない空を見上げていると、颯爽とした足音が聞こえて、後ろを見る。
「すみません、遅くなりました」
「あ、澤村さん?」
「はい」
「荷物来なかったんでしょ」
「すみません」
「大丈夫ですよ、よくあるから」
その、澤村さんの持つ旅行カバンがあまりにぱんぱんで、ちょっとだけ可笑しく思えた。察するに、この島に何泊もするには小さいけれどスーツケースほどの要領はいらなかったのかもしれない。私のただの推測に過ぎないけれど。目があって会釈をすると、その澤村さんは「すみません」と私に謝って綺麗なお辞儀をした。とても丁寧で、誠実な雰囲気が漂って。なんでこの人はこの島に1人で来たんだろうって、すごく気になってしまった。
ちょこっとだけラッピングされた小型バスの荷台に私のスーツケースと澤村さんのバッグを乗せる。澤村さんは後から来たから私の名前は知らなくて、少しだけ不思議な空気が流れていた。
小型バスとはいえ、2人しか乗客がいないとなればどこでも座り放題。広々としている。私は後ろから2番目の窓際に座り、澤村さんは前から2番目の反対の窓際座った。
なんだかわからない雑草はのびのびと成長しているし、島民よりも多いという牛が何にも邪魔されず草を食べていて、ちょっとお尻を浮かせれば簡単に海が見えた。
写真を沢山撮って、カメラを下ろしてから大きく息を吸ったら、急に感動が襲ってくる。何度も見て知っていたはずなのに、わかっていたはずなのに、それでも思う。目に見えるもの全てが自然体で美しいなって。
バスは15分ほどでホテルに着いて、前に座っていた澤村さんからバスを降りた。清潔感のある襟足や、しゃんと伸びた背筋には、やっぱり不思議な興味しか浮かばない。
「ありがとうございました」
おじさんにお礼を言って荷物を受け取りチェックインを済ませると、赤いスーツケースを引いてひとりで歩き出す。前を歩く澤村さんのポケットからひらひらと何かの紙切れが落ちて小走りでそれを拾おうとすれば、スーツケースのタイヤの音に反応した澤村さんがこちらを向いて首をかしげていた。
「何か落としましたよ」
「すみません、全然気がつかなくて」
「いえ」
拾った紙はホテルのお土産屋さんの割引チケットで、それを澤村さんに手渡せば少し戸惑ったような表情でチケットを持ったままの手を頭のうしろに持っていった。
「早速失くす所だった。ありがとうございました」
「いえ、」
あまりに爽やかな笑みに続く言葉が見つからなくて、そのまま会釈をしてすぐ、奮発して予約した海の見える小さなコテージへ向かった。星の砂の入ったキーホルダーのついた家みたいな鍵をぶら下げて。