こい、コイ、恋

〜 澤村視点 〜

 ぎゅうぎゅうに詰め込んでも入らなかったお土産を入れた白いビニール袋を下げ、宮城に帰った。

「とりあえずこれ、土産」
「サンキュー!…で?」
「ん?」
「みょうじさんだよ!毎日会ってたらなんかあったろ?このこの〜」

 お土産を渡すために会ったスガの第一声はみょうじさんのことだった。お土産よりも島の話よりも、楽しみにしていたらしい、のは実は電話でなんとなくわかっていたが。

 からかうように俺を肘で小突きながらスガから送られる期待の眼差しに気付かないふりをして、返事に困る。みょうじさんと何もなかったといえば嘘になるし、何かがあったのかといえばそれも違うような気がする。いろんな偶然が重なって、彼女と過ごすことが多かっただけ、だったんだろうか。

 1から10まで根掘り葉掘りスガに聞かれても、なんとなく話さなかったことがあった。星の砂のことと、みょうじさんの泊まるコテージでハグをしたこと。……あと、温水プールでのことも。

 つばの広い帽子も、ひらめくロングスカートも、下ろされた髪も、ショートパンツから伸びる足も。思い出すみょうじさんの姿の後ろには島の景色や海があった。あのハグが最後になったことも、最後にしていたなんだかぎこちない笑顔も、言わなくていいと思った。

 みょうじさんの写真は1枚もなかった。気付いたのはスガに聞かれてからだ。でも、あそこでの記憶は消えないと思う。だから、大丈夫だ。

 星の砂の願いごとは、もう飛行機に乗っている間に決めていた。というか、考える前から決まっていたのかもしれない。



 ビールを飲みながら、1年も経てば当たり前なことを思った。みょうじさんの髪伸びたな、って。身長も、声も、あどけない笑顔も。俺の知っているものとはなに一つ変わっていなかったけれど。その笑顔をスガに向けられることは、特別嬉しいとは思わなかった。

 あの島にいる間。俺だけが知ったみょうじさんの全ては、ただの思い出だと言い聞かせるには少し濃く、秘密にしたいほどに大切になっていたんだろうか。

「だってすっごいお世話になったんだから。澤村さんには。スガくんは来れなくて残念だったけど、そしたら私たち話すどころかこうして飲んでることもありえなかったかもしれないんだもんね」

 その通りだ。頬杖をつくみょうじさんは、ほんの少し顔を赤らめ、笑った。でも、俺はみょうじさんが思うほど良い奴じゃないよ。俺が純粋にただの良い奴だったのは、最初だけだ。きっと。
 エンジンのあたたまってきたスガがジョッキを傾けて、羨ましいと口を開く。たとえばスガが一緒に行けてたら。きっとみょうじさんが言うようにこうして再会を果たすことはなかっただろうな。人生って不思議なものだ。

「澤村さん、スガくんもう酔っぱらってる?」

 やっぱり少し、変な感じだ。みょうじさんの後ろには、俺にとっては見慣れた居酒屋の店内が見える。自分のテリトリーに、みょうじさんが入ってきたような、いつでも届く範囲にみょうじさんがいるような。そんな錯覚さえ起きてくる。
 手招きをしてピアスのついた耳に手を添えると、こそこそと耳打ちをした。それを見てへらりと笑ったスガは口を開けばなにか言い出しそうだったが、俺と目が合った瞬間に口を閉じてまた意味深に口角を上げる。なんつー顔してんだ、スガは。





 ……ちょっと待て。なんか近くないか、あの2人。トイレから戻る途中、柄にもないことを思って、頭に浮かんだもやもやを追い払った。酔ってきたスガが距離が近いのはいつものことなのに。それに、こんなもやもやがかかるような関係ではないはずだ。俺と、みょうじさんは。

「私もこの1年、2人にはずっと会いたいと思ってたから嬉しいよ。もしかして、知らない間に得積んで過ごしてたのかな、私」

 かぶっていた仮面が粉々になって、ぽろぽろと下に落ちていくような感覚だった。知らない。みょうじさんは、知らない。俺が星の砂に願ったことが何なのか。果たしてこれが恋愛といえるところまで満たしているのか自分でもわからない感情。もしかしたら、自分だからわからないのかもしれない。そういう気持ちを、体の中のどこかに隠しているような気がした。

 たとえばこれが、そうだったとして。みょうじさんが俺に何を思うのかは、みょうじさんにしかわかり得ない。ぱちぱちと瞬きをしたその表情を見て、可愛いと思った。懐っこい犬をなで回すときに思う可愛いにも似た、つい笑ってしまいそうな、可愛い。

「なになに?何の話?」

 付き合いの長いスガにさえ、やっぱり1から10まで。これからも全部話すことはないんだろうな。星の砂のことも。ハグのことも。