カメさんは泳ぐ あの映画のように、軽やかなロングスカートが風でひらひらと揺れる。窓を開けて、小さなウッドデッキに立ったから。
夜はここでお酒を飲むのもいいな、でもお店が密集してるところまで歩いて行って地元の空気を味わうのもいいな。この島でなにが出来るかを考えれば、両手の指すべてを使うのは多すぎるほど少ないけれど。それがいいのだ。
明日は自転車を借りて島を散策しよう。かわいらしいイラストの島のマップを広げて、ぼんやりと眺めた。3泊4日、思いっきりのんびりしよう。
とりあえず今日はお散歩をして、夜はお酒を飲みに行こうかな。楽しくて飲みすぎないように気を付けないと。
ぐるりと海に囲まれているだけあって、この島には浜がいくつもある。中でも有名なのは干潮時にだけぽっかりと浮かんでくる浜だと思う。あそこには行きたい。ビーチサンダルに履き替えて、コテージを出て鍵を締めた。
真っ白のホテルのフロントに向かうと、日に焼けたおじさんが対応をしてくれた。
「明日も空いてますけど、今日もまだ空きありあますよ」
「何時ですか?」
「30分後にはバスが迎えに来ますから。ホテルから浜までのね」
浜行きの定員にまだ空きがあるとのことで予約の用紙にボールペンを走らせていると、私と同じく靴からサンダルに履き替えた澤村さんがフロントにやってきて、私はそれを横目でちらりと見る。澤村さんは平置きで積まれた色んなパンフレットを広げ、まじまじと端から端まで熟読していた。
「お客さんも、もしこの後の予定がなかったらどうですか?」
一番下の署名欄に署名をしている時、日に焼けたフロントのおじさんが穏やかにそう言ったものだから、思わず顔を上げる。目が合った澤村さんは私に向かって笑顔で会釈をした。
「何かのイベントですか?」
「もう30分後なんですけどね、干潮時にぽっかり浜ができるの。それの定員に空きがあるんで。ほら、これこれ」
話を聞こうとこちらへやって来て、差し出されたパンフレットを手に取った澤村さんが、じゃあ申し込もうかな、と後ろのポケットから財布を出しながら言う。
特段会話を交わすわけでもなく、私のいたところに澤村さんが立ち、澤村さんのさっきまでいたパンフレットの場所に私が立つ。島の記念館みたいなところに行くつもりは特になかったから、行きたいと思っていたかき氷屋さんや、全く調べていなかったカフェがどこにあるかとか、ありすぎる時間を普段ならもったいなほどにのんびりと使ってパンフレットを眺めていた。
「お連れさんが来れなくなって残念でしたね」
「そうですね。まぁ仕方ないです。仕事ですから」
聞き耳を立てたつもりはなかったけれど、ウクレレのBGMが控えめな音量で流れているだけのフロント回りでは2人の会話はよく聞こえて、それでようやく私は納得がいった。なるほど。そういうことか。だからこののんびりした島に、しゃんとした澤村さんが1人でいるんだって。
▽ △ ▽ △
バスに乗るのは、私と澤村さんと他に3人。まだ5月の終わり。ハイシーズンではないためか、基本的にやりたいことは当日できるとフロントのおじさんが言っていたのを思い出す。明日にしようと思っていた1番の楽しみが前倒しになったから、慌ててロングスカートをショートパンツへと履き替えた。すっかり暖かい気候は、関東で言えば夏みたいなもので、しっかり日焼け止めを塗らないとじりじりと肌が焼けるのがわかるくらいに太陽の光と共に紫外線を感じる。あっという間に船の近くまでバスをつけると、早速私たちは船に乗り込んだ。
小さなショルダーバッグには少しの小銭とスマホとタオルが入っているだけ。カメラは首から下がってる。つばの広い麦わら帽子から太陽の光が差して、それだけで明るい気持ちになる。船から顔を出して海を間近で覗けば、そこまで浅瀬でもないはずなのに海の底がよく見える。濁りのない海がこんなに透明だなんて知らない。自由に泳ぐ魚が船の下をくぐって、思わず海面に向かってシャッターを切った。
「今日はイルカが見えるかな〜」
慣れたように船を操る若いお兄さんがそう言うと、ぱっと顔を上げる。お兄さんと目が合った私はきっと目をきらきらさせて子供みたいだったかもしれない。遠い先の海面を見渡して少しずつ手前に視線を戻していけば、大きな影が見えてはっとする。
「あっ!あれ何ですか?」
「カメだね」
普通のことみたいに教えてくれたお兄さんの声を聞きながらすれ違う大きな影をじっと見る。それは私だけじゃなくて、船に乗っているお客さんみんな。反対に座っていた人も、船が傾きすぎないように膝立ちしているけど、きっとこっちに来て見たいんじゃないかと思った。
たまたま見つけるには大きすぎるカメが2匹、ゆらゆらと船から生まれる波に合わせて通りすぎていった。普通に海に行っても、簡単にカメなんて遭遇できるものじゃない。シャッターをきるのを忘れてそれを見届けて、かわいい、と呟けば視線の先にいた澤村さんも楽しそうに笑ってカメを見送っていた。