幻の浜には星の砂

 海面に人が立っているみたいだった。船が近づくにつれて白い砂浜が見えてきて、浅瀬に船が止まる。船を操縦していたお兄さんが先に降りて、ひとりひとり順番に降りるのに手を貸してくれる。30分後には戻ってきてと言いながら。
 船を降りると、足首まで海水がきて、少しだけひんやりした。海はまだ遊ぶには冷たいようで、ぴちゃぴちゃと音を立てながらぽっかり浮かぶ浜へと足を進める。

 回りを見れば何隻か船が近づいてきていて、それぞれのツアー客が少しずつ浜に上がっていった。正直なところ、降り立つよりも上から見た方が綺麗なのかもしれないと思った。ただ、できたばかりの浜に自分の足跡ができるのはちょっとロマンチックに思えて、振り返って写真を撮る。船を降りる前に配られた小さなビニール袋は、星の砂を集めるために使ってと言われたのを思い出して、ポケットにビニール袋が入っているのを確認して誰もいないあたりにいって砂をすくって指でざらざらと砂を触りながらじーっと眺める。ひと掬いに、何個かというところだけど、やっぱり見つけるとテンションは上がるもので、子供の頃に四つ葉のクローバーを探したのになんだか似ていると思った。

 意識しているつもりはないけれど、澤村さんは私の視界に時々現れて、さらりといなくなる。星の砂を探して歩き回っている間には、何回もそれがあって来るはずだった連れの人に申し訳ないような気持ちになった。
 船に戻る時間が近づいて、足跡だらけになってしまった浜を出る。乗船するのにかけられたはしごを上ろうとしたら、お兄さんは船の上にはいなくて、他のお客さんと話をしていた。3段ほどだし、勝手に乗ってしまおうとざらざらと滑りそうになるはしごを持った時、ごつごつした手が目の前にやってきて、状況を飲み込めずに固まっている私の手首をぎゅっと掴んだ。

「大丈夫ですか?」

 見上げた先、そこには澤村さんがいた。ありがとうございます、とお礼を言いながらぎゅっと心臓が捕まれたようになったのは、きっと気のせいだ。席は自由だけど、後から来る人のことを思って自然と乗船順に奥に詰めて固い椅子に座る。申し訳ないやら恥ずかしいやら、いろんな気持ちになりながら見た澤村さんは私の集めた星の砂の入った袋を見つめていた。私があまりに見すぎていたのか、目が合ってしまって、ぎゅっと口を結ぶ。

「すごいたくさん見つけましたね、星の砂」
「そうですか?」
「俺はこれだけでした」

 澤村さんが見せてくれた星の砂は、私の半分ほどの量だった。夢が叶うんじゃないですか、と爽やかな笑顔で言った澤村さんに首を傾げる。話が見えなくて。後ろのポケットからパンフレットを出して私に見せてくれたところには、売店で売っている小瓶いっぱいになるまで星の砂を見つけたらきっとあなたの夢が叶います、と書いてあった。

「夢……」

 今ちょうど、夢は叶っている最中だと思った。ずっと夢の中にいるみたいなほど、心地のいい夢。
 それから話が進むわけではなく、他のお客さんが少しずつ戻ってきた。帰りにイルカが見れたらいいな、なんて考えていると船が動き出して浜を離れる。ホテルに戻ったら、砂を乾かしてみよう。風に飛ばされないところで。

 そんなつもりはなかったけれど、名前を知ってしまった澤村さんが隣に座っているのは、不思議と一人旅ではないように思えてきた。澤村さんは私の存在は認識しているものの、名前を知らないままだけど。ぼーっと海面を見ながらそんなことを考えていたら、あまりにも透明な海に、急に疑問が湧いた。コップに入れた水は完全な透明なのに海水はなんで水色なんだろうって。
 考えたところで答えはでないし、スマホを出したいとも思わなくて疑問を抱えたまま空を見上げた。

「みなさーん、あっちにイルカいまーす」

 お兄さんが声をあげて、視線はお兄さんの指差す方へと集中する。遠くの海面を瞬きせずに見ていたら、有名な絵みたいにイルカが一頭ジャンプした。イルカが見えたのはそれきりで、またシャッターを切り忘れたけれど、しっかり目に焼き付けたその記憶は誰もが知っている絵よりも鮮明で自然だった。

「カメはよくいるけど、イルカは時々しか見れないですよ」

 近くに座るお客さんに笑顔を向けるお兄さんの言葉は、私にとってなによりのごほうびだ。時折船が揺れて、両隣の人と方がぶつかる。すみません、と最初の方は声を掛け合っていたけれど、船着き場が見える頃には誰も肩がぶつかることに違和感を感じなくなっていた。それは澤村さんも、私も。

 心なしか髪がぱりぱりとする。潮風のせいだと思う。バスに乗っている間ぱりぱりする前髪を触っていて、ホテルに戻ったバスを降りて歩き出すと、ふと振り返った澤村さんが自分の前髪を指差してさらりとした表情で言った。

「砂、ついてますよ」
「えっ」

 顔を下へと向けてふるふると振れば、まだ取れてない、と可笑しそうに言った澤村さんがあまりに眩しくて顔を背けた。少しずつ仲良くなっていくような何とも言えない距離感に、正直戸惑う。澤村さんは、ひとりだけど本当はひとりじゃなかったのだから。この島で、これ以上縮まったらどうしようって。