しかくくまあるいひと その場所の空気というのは本当にすごいもので、澤村さんと私は気づくと普通にお酒を飲んで普通に会話を楽しんでいた。
聞いたことのない名前の魚の煮付けや他に頼んだおつまみをシェアし、飛行機がすごく揺れたとか、今日見た亀が意外と大きかったとか、共通の話をなんの違和感もなく交わしている。
とりあえずなにに驚いたって、年上だと思っていた澤村さんが同い年だったんだから、本当にそれはびっくりだった。
「澤村さんは何泊の予定?」
「ん?あー…3泊だな」
「一緒なんだ。もし帰りの飛行機まで一緒だったら、すごいなぁ。ちょっと時間思い出せないけど」
「午前だったかな、俺の乗る飛行機」
「私も午前だったような……だめだ〜今はちょっと酔ってて思い出せない」
「もうその辺でやめときなさい」
諭すように言った澤村さんは、全く酔っぱらっていない様子。地ビールを飲んで、最初から変わらないテンションで私の話に耳を傾けてくれる。
でも、私だってそんなに酔っぱらっているわけじゃない。多分、雰囲気に酔っている。それって心地の良い証拠だから、いいじゃない、なんて思って。
「答え辛かったらいいんだけど」
「ん?」
「社会人になって4連休取ることって結構難しいじゃない?澤村さんは結構自由が効くお仕事とかなの?」
「まぁ、自由は効かないな。この4連休取るのに、どんだけ苦労したか」
「……もしかして、何のお仕事してるか聞いちゃいけないやつ?」
「いや、そんなことはないよ」
「なにやってるの?」
「警察官」
ぴたっと箸が止まって、ぽろっと落ちそうになったのほ言うまでもなく。ぎくっと、妙な音がして。簡単に言えば、すごく驚いた。
「それは予想してなかった。けど予想外だったな」
「今のみょうじさんもそうだけど。大抵みんな悪いことしてないのに焦ったような顔するんだよな」
その心理、とてもわかる気がする。私は澤村さんの言う通り悪いことはしてないけれど、道でパトカーとすれ違う時、目を合わせるべきか、逆に最初から見ていない方が自然かと視界からパトカーが消えるまで考えてたりしてしまう癖がある。
頼んでいたあら汁がテーブルにくると、到底1人分とは思えぬ量があり、2人で頼んで正解だと思いながらお椀に取り分けた。
「お休みほとんど無いイメージだったけど違うんだ」
「有給は存在してるんだよ、ちゃんと」
「うん」
「でもほぼ使わないな。今回の旅行は早い夏休み的な感じだし」
「何か芸能人とか、アナウンサーみたいだね」
「それ、聞こえはいいな。まぁ、県外に出るのも一苦労だよ。ホテルの連絡先伝えたり、色んな偉い人の所行って書類出したり」
ようやくあら汁を口にして「うまっ」と漏らしながら感動の表情を浮かべる澤村さんは、まー大変そうなことを目を細めて笑って言っていた。
特に何のお仕事をしているのか見当をつけてはいなかったけど、警察官という職業に私は深く納得した。だって、あのしゃんとした背筋とか、清潔感のある髪型とか、明らかに不思議だったこの島との雰囲気の合わなさとか。全部まるっと、解決してしまうのだ。
そして連なるようにすっかり忘れていたことを思い出し、はっとした。私が澤村さんと仲良くなると、悲しむ人がいるかもしれないということ。
「さてと。そろそろ帰りますかね」
「あ、私もそろそろ」
「だな。送るよ」
酔いはすっかり落ち着いていたから、1人で帰れないこともない、と思った。たかだか5分の距離。何もなければ連れの人も許してくれるだろうか。
「……やっぱりもう少し飲んで帰ろうかな」
「いーや、今日は帰るよ。帰らないって言っても方向一緒だから送るつもりだったし。俺と会ったのがツイてなかったな、みょうじさんは」
この澤村さんという人は、本当に不思議な人だと思う。彼が警察官だとわかっていなかったとしても、会ったばかりの私にさえ根っからこの性格なんだということがなんとなくわかるんだから。
たかが5分、されど5分。私はその5分をどうするか考えながら、押し問答の末にワリカンを勝ち取った。
お店を出てすぐ、澤村さんの電話が鳴り画面にでた表示を見て「お」と何やら浮き足だった声色で言ったあと、出てもいい?、と私に一言聞いてきて、すぐに頷く。澤村さんはスマホを耳に当てたまま、さっきの私との会話の時とは少し違う雰囲気で応答をしていて、もしかしたら連れの方かもしれないと思った。
「おー。……うん、そっちは落ち着いたのか?………ああ、じゃあよかった。そういえば今な、お前が調べた店で飲んできた」
お相手にとっても信用されているのか、ただ無防備なのかは知らないけれど、その話に足が伸びたら修羅場なのでは、と他人事なのにビクビクとしていると、声を上げながら笑った澤村さんが私を見てまたさわやかに笑った。
「いや、寂しくないんだなそれが……あはは、友達?うん………うん……あー、違う。男じゃない」
それは絶対に言ってはいけないやつ!と心の中で思ったものの、私が今声を出したら澤村さんとお連れの方の関係は一貫の終わりだ。お店にいるとき、意識せずとも視界にはいる左手の薬指には指輪はなくて、よっぽど寛大な彼女さんなんだと勝手にその方を尊敬した。
「まーそれは追々……おう、じゃあまた」
電話を切った澤村さんは、ポケットにスマホを突っ込んで百面相していたであろう私に言う。
「今の、もともと一緒にくるはずだった奴がいて。そいつから」
あまりに武骨な言い方に、違和感を覚えたけど、それでもやっぱり連れの人とは親しげで、軽快だった。ただ、恋人と話してるんだな〜みたいな独特のそれもなかったから、やっぱり引っ掛かったものはなかなか取れなかった。
すっきりとした表情の澤村さんの方へと顔を向けると、澤村さんは多分難しい顔をしている私につられずに「ん?」と言ってきて、我慢できなかった私の口がぺらぺらと喋りだした。
「澤村さん、大丈夫?男じゃないなんて言って」
「…悪い、質問の意図がちょっと」
「だって今の、彼女さんでしょ」
「ん?」
「え?違う?」
「みょうじさん、いつからそう思ってた?」
「フロントのおじさんが言ってたの聞こえた時から…?」
汚れのない空気の中、澤村さんは大きな声で笑った。爽快というのがぴったりな、そんな笑い方で。
「今のは友達。ていうか男だよ」
「お、お連れの方って言われたら彼女かと思うよ、普通」
「うん。俺もそれはフロントで思いました」
聞けばそのお連れの方は、高校の部活の仲間らしくて。今小学校の先生やってて。中日に抜けられないお仕事が急遽入ったとかなんとかで、来れなくなってしまったとか。
たった5分、されど5分。
それはすぐに終わり、白で統一された小さな町のようなホテルにつくと、分かれ道で澤村さんと私はフランクに挨拶をした。どちらかがご馳走したわけでもなく、特段言うことはなかったけれど、なんとなく予感していることを口にした。
「きっとぶらっとどこかで遭遇するよね」
「ああ、そんな気がするわ」
明日は何をしよう。砂浜を回ろうか。かき氷を食べに行こうか。澤村さんは明日は何をするんだろう。そこそこ私は得意だけど、映画のようにたそがれたりできるんだろうか。
柔らかい雰囲気の中、おやすみ、と言い合って。星の砂のキーホルダーがさらさらと静かな音を立てた。