キーンとしてこそかき氷「さっき言った通り安全運転するけど、ちゃんと掴まってな。いつ何が起こるかわからないからさ」
「わかった!……掴まった!」
「よし、行くか」
ブルブルとエンジンの振動が体に伝わり、ぎゅうっと澤村さんのお腹まで回した手は指先までぴったりとくっついている。なんか私、今すっごく青春ぽいことしてるんじゃないかと思ったのは口に出さないでおく。青春というのはずいぶん前にどこかに置いてきた言葉だったし、この広い背中に青春を思うのは違うような。
バイクに乗る前に道を確認した澤村さんは後ろのポケットに島の地図を突っ込んでいて、時々それが視界に入る。自転車でも、送迎バスでも、味わえない感覚。映画にはなかった疾走感、全身で潮風を受ける爽快感。澤村さんの厚意が無ければ知らなかったことだ。海沿いの道を走るとき、じっと海を眺められない澤村さんの後ろで私は海を眺めていた。
「澤村さん!」
「なにー?」
回した手でよく鍛えられた腹筋をぽんぽんと叩いて呼んでから、自分の行動の軽率さに反省し、大きな声で目の前のととのった襟足に声をかけた。やっぱりどう考えても、これは青春ぽいんじゃないかと思ったのは拭いきれないようで、恥ずかしくなりながら。
「乗せてくれてありがとー!たのしすぎる!お礼にかき氷おごってあげるー!」
時々振り返る澤村さんが、笑っているような気がしていて、大声を出したからか私のテンションも高くて。そういえばそろそろあの砂浜だと思っていると、道をそれた澤村さんがブルブルとしたエンジン音をゆるやかにし、一旦バイクを停車した。
「寄ってく?」
「……澤村さん、絶対いるでしょ。彼女の一人や二人」
「一人もいないけど二人は聞き捨てならないな」
「そうね、ごめん」
おかしなテンションのせいだ。このひと、やっぱり彼女の一人や二人いてもおかしくない。人のことをよく見ている。視野が広く、ゆとりがある。腰に掴まった手をゆるめて体を離すと、目が合った澤村さんが「いいよ」と全く気に留めてない様子で言った。
「行きたそうにしてたろ、さっき」
「してたね」
「自転車じゃいけないとこは、今日は付き合うよ」
「ほんと良い人だね、澤村さん」
「それはどうも」
白い浜にビーチサンダルを埋めながら歩く。漂着したものか、故意に置かれているものかはわからないけど、小枝のついた大きな丸太が砂浜に横たわっている。澤村さんは後ろをゆっくり歩き、360度をゆっくり見渡した。通り過ぎた視界の中に澤村さんがいることは、ちょっとだけ心地よく、ちょっとだけ不思議だった。
「澤村さんはなんで旅行先をここに選んだの?もっと有名な離島、色々あるでしょ」
「連れが、ほら、あの男のね。旅行会社の店員さんに聞いたんだ。お姉さんが行った中でどこが一番良かったんですか〜って」
「あーそれでここを教えてもらったと」
「そういうこと」
そしてそのお連れの方はここにいない、やっぱりなんとも不思議な話だ。もし連れの方がいれば私と澤村さんはバイクに2人乗りすることなんてなかっただろうし、話をすることもなかったかもしれない。丸太に座り、シャッターを切ったばかりの写真を見ていると、みょうじさんは?とお返しをするように質問をくれた。
「多分、聞いてもつまらないよ」
「それは聞いてみないとわからないだろ?」
もっともだ。澤村さんはきっと私の話を聞いて、鼻で笑うような人ではないし、つまらないような顔をするような人じゃないというのはなんとなくわかっていた。
伸びた背筋の先の、高いところから注がれる真っ直ぐな目。カメラを膝の上に置いてここに来た理由を告げると、澤村さんは言った。宮城に帰ったらその映画観てみようかな、と。
「そういう発言って大体その場限りだったりするけど、澤村さんが言うと本当に観てくれるような気がする」
「観るよ、後から撤回するような発言はしない」
絶対にこの人は嘘をつかない。今までの雰囲気や、発言を思い出して、そう思った。尊敬のような感情が大きくなっていくのがわかる。人望が厚そうなのに時々冗談を言えることとか、堅苦しいだけじゃないんだろうと輪郭がないままに考えた。
バイクをまたぎ、また舗装された道に復帰する。浜からすぐについたかき氷屋さんにはよく見るメニューが並ぶ中、ひとつだけ珍しいものがある。
小豆が下に盛られてから、その上にかき氷をかけ、仕上げにシロップがかけられたもの。
そのかき氷の名前には、映画のタイトルと同じ名前がつけられていた。映画の中で何度か登場するかき氷と全く同じ見た目なのもあり、一時はそればかり売れていたのよ、とおばあちゃんは目の皺を深めて言った。
「これだろ、みょうじさん」
「うん、澤村さんは決まった?」
お釣りがでない方がいいかと小銭を探しながらそう言うと、顎に手をかけながら少し悩んだ澤村さんが指差して言ったメニューを見てお店のおばあちゃんは頷いた。大きな氷がざらざらと音を立てて削られていくのを見ている間、横目にちらっと見えた澤村さんはわくわくしたような表情をしているように見えた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
かき氷を食べるにはさすがに早すぎる時期の今。みょうじさんがいなかったら食べなかった、と断言した澤村さんはかき氷を口に運んで、ぎゅっと目を瞑った。
「キーン?」
「……くるぞ、キーン」
忠告にしては男前な言い方だと思いながら、小豆と軽く混ぜた氷を口に運ぶ。二口目、三口目、とスプーンを運んで、きた。キーンが。思わず澤村さんを見ると、だろ?と自慢げに言った様子が少年のようだった。
本物を食べたことはないけれど、きっと映画の中のかき氷はもっとふわふわした氷なんじゃないかと思った。それでも後悔は全くない。きっと最高の思い出になる。予期せずここに共に来ることとなった澤村さんも、最高の思い出の一部になるんじゃないかと思う。
かき氷を食べ終えて、特段行きたいところがなくなってしまった。たそがれに付き合わせるのは申し訳ないと思いつつ、ホテルへ戻るのに島をぐるっと一周ながら帰りたいと言えば澤村さんは快くわがままを聞いてくれる。
小さな傷のついたヘルメットをかぶり、澤村さんのお腹までまわした手をまたぴったりとくっつけた。どこかで見た映画の中にいるような気がして、ざわざわと騒がしい心が風に流れていく。
やっぱり私はこの人に近付いてはいけなかったのかもしれない。この腕を回してはいけなかったのかもしれない。そんなぐらぐらとした気持ちで安心感のある背中を静かに見つめた。