意図せぬマリンスポーツ
小型飛行機は今日も飛ぶ。砂浜の白さに驚くことはなくなったけれど、エメラルドグリーンの海には毎回新鮮に驚いていしまう。目に焼き付いたこの光景は日を追うごとに脳裏で霞んでいくのかと思うと少し寂しい。
かき氷を食べておまけに島をぐるりと回ってホテルに帰ってくると、澤村さんに別れを告げコテージの窓から見える海辺へやってきた。澤村さんは安全運転でバイクを跨ぎ、次はどこへ向かったんだろう、そう勝手に予想を立てて変な遊びをする。
なにもない、とはいえ海がある。マリンスポーツはもちろん盛んで体験もやっているみたいだ。サップボード、サーフィン、ダイビング。大抵のマリンスポーツはなんだってある。
浜に立て掛けられたサーフボードがカラフルでとっても綺麗だと思った。写真を何枚か撮ってふらふらしていると、白い外壁に青い屋根のついた小さな建物に近づいていく。ホテルから見えている間、実は気になっていたところだ。
錆びたベルを鳴らし、勇気を出してすりガラスの小さな窓が高い位置についた扉を開けると、やんちゃそうなお兄さんが視界に入った。
「こんにちは〜!」
白いトップスに空気をたっぷり含ませ、店員さんに頭を下げた。てっきりサーフ系のショップかと思っていた私は店内を見回して、はたとする。
「何かご予約されますか?」
「あーっと、」
ラミネートされたわけでもない、クリアファイルに挟まれたメニュー表のようなものを見る。さっき思い浮かべていたマリンスポーツがずらり。ああ、そういうことか。ショップじゃなかった。そう思いつつも引っ込みがつかなくなり、これも運命だろうと思うことにした。
うん、そうだ、せっかくならなにか体験してみるのもいいかもしれない。明日の予定はなにも考えていなかったし、一日中たそがれるなんて私には無理だ。あこがれるけれど。
「明日の予約は何が空いてますか?」
「えーっと、サーフィンとダイビングっすね」
やっぱりみんななにもすることがないからマリンスポーツをするんだろう、思ったよりも選択肢は少ないな。サーフィンは一朝一夕でできるものではないような気がして、ダイビングを選んだ。午後になったらたそがれついでに眠りに落ちてしまうほど疲れるかもしれないけれど、それもそれで幸せだろうと思うから。
「じゃあ明日、この時間にここに来てください。ウェットスーツの貸し出しと、ボンベ付けてプールで呼吸の練習しますから。水着も忘れないように」
「……あの、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「私の他にもダイビングする方いるんですか?」
「明日はね〜」
バインダーに挟まれたしわしわの紙を指でなぞり、お兄さんは顔を上げ「お客さんだけですね」と言われるとなんだか不安になる。どういう類いの不安なのかはわからないけど、なんとなく。
「……予約って当日の朝でも受け付けてますか?」
「大丈夫ですよ」
申し込みをして外に出ると、すぐに澤村さんを思い浮かべた。安直かもしれないが、澤村さんしか声をかけられる人がいない。
……誘ってみようかな。
同じホテルに泊まっているだけの、同い年のひと。居酒屋でたまたま会って、バイクに乗せてくれたひと。一緒にたそがれましょう!なんて誘うのは恥ずかしいけれど、1人でダイビング参加が不安だと言えば澤村さんはきっと来てくれるだろうな。腰に手を当て、目を細め、何の躊躇いもなくうなずいてくれるって、そんな気がした。
問題があるとすれば、部屋番号を知らないことだった。ホテルの入り口で砂を落としながら、さすがに個人情報だし聞けないな〜なんて思ってフロントを見ると、バイクのレンタルの時にいたおじさんではなくて、綺麗に日に焼けたお姉さんがカウンター内に立っていた。
うーん、やっぱりやめよう。変な客だと思われても困るし。それに、ホテルの部屋に突撃ピンポンもなかなかの恐ろしさを感じるし、やっぱり偶然を期待するしかない。
ごまかすように脇のショップに入り、まだ買うには早いお土産を眺める。フックに沢山ひっかかったキーホルダーを左上から順に見ていくと、星の砂を入れる小瓶があり、私はようやく思い出した。部屋の隅に置かれた砂の存在を。ああ、すっかり忘れてた。そうだ、この瓶買って乾いた砂を入れてみよう。
キーホルダーの金具のついた瓶だけを買ってコテージに戻れば、ティッシュを2つ折りにしてさらさらと瓶に注いでいく。それにしたって、いびつな星だ。星形と言っていいのかすらも疑わしいが、やっぱり星形以外の何者でもないな、などと静かに思う。
海に浮かぶ浜からの帰り、星の砂のジンクスを澤村さんが私に教えてくれたこと。波のように穏やかで、ゆったりとした余裕を感じたこと。
「あ、」
全ての砂を入れた瓶を振って均せば、いっぱいになると思っていた砂は意外に八分目くらいまでしかなかった。コルクで蓋をし、テーブルの上に置く。
そう簡単に夢は叶わない。それに叶ったばかりだから、何度も夢を願うなんて流石に贅沢すぎるような。ひらひらとカーテンが舞い、少し曇り始めた空を眺めた。
当たり前に毎日見ていた天気予報。家ではいつもつけっぱなしだったテレビ。つい数日前だというのに遠い昔のようだ。ここに来てから、まだテレビは一度も見ていない。
今日の天気予報、なんだろう。晴れのち曇りかな。それとも、雨かな。