恋というには重く、愛と言うには軽かった。縁下先生に恋人がいるらしいという噂が流れたのはつい最近のことで、この想いを鎮火させるには一歩遅かった。
「縁下先生、この間駅前で女性と歩いてましたけど彼女さんとかですか?」
「……なんか改めて聞かれると恥ずかしいな」
クリニックに来る学生さんを含めた患者さんたちは先生方を信頼し慕うけれど、私たち事務スタッフも看護師もそれは同じだった。縁下先生をかっこいいというスタッフはいたけれど、それはどれも恋ではなくて、関係の変化を望むのはこのクリニックでは私だけだった。
照れる縁下先生の表情から伺えるそれは、愛だった。滲み出る愛は私へ可能性が無いことを告げるけれど、やっぱりそれは一歩遅かった。絶えない気持ちは無情にもどんどん広がるわけで、それを言葉にするのは決して良くないのだろうけど。でも、でも。
「縁下先生の彼女になれるなんて、彼女さんは幸せ者ですね」
悲しみはじゅくじゅくと膿を作り、心地よい言葉を心地悪く声に出させる。休憩時間につかまるも嫌な顔をしない縁下先生は、私の言葉を聞いてしばらく考えた。うーん、と声に出しているその姿さえもこんなに好きなのに、きっとこの気持ちは伝えることはないんだと思うと自分を可哀相だと思った。
「その考えなら、俺だって幸せ者じゃないかな」
返ってきた言葉に、すっぱりと何かを絶ちきられたような気持ちだった。ああ、敵わない。挑戦状をしたためることもなく、じりじりと焦がれた恋をやめようと思った。やめられるのなら。
自分自身のために後悔をするのをやめ、縁下先生の背中を見送った。初恋みたいに焦がれたこの感情を、そっと引き出しに押し込んで。
初恋 × 縁下力
モドル