地元の駅の改札を出ると、なんだか懐かしい背中が視界に入った。会いたかったか、会いたくなかったかといえば、会いたかったのだと思う。通り過ぎようとすると「あ、」と明らかに私に向けられた気付きの声に反射的に顔を上げれば、ちょっとだけ泣きそうになる。一瞬で思い出す。大好きだったこと。

「……久しぶり」
「つかさ、」

 あなたの名前を声に出して、もっと泣きそうになった。学生時代の思い出がじわじわと蘇り、涙目になりかけ、前髪をとく。もう戻れない過去は、痛く青く愛しいまま。元々大人のようだったつかさは、もっともっと大人になっていた。

「見てるよ、活躍。すごいね」

 一言二言、他愛のない言葉を交わし、その場を離れよう。そのつもりで出た言葉に嬉しそうにセットされた自分の髪を触ったつかさの左手の薬指には、シルバーのリングが光っていた。

「その指輪、」
「うん、先月。結婚したんだ」

 未練がなかったわけじゃない。つかさを好きになって良かったし、別れたことは仕方なかった。きっと、そういう運命だったのだ。ひとつだけ確実に言えることは、つかさをつかさと呼ぶのはもう私じゃない。私はあなたの名前を声に出してはいけない。

「結婚おめでとう」
「ありがとう」
「悔しいなぁ、先越されたの」
「タイミングだろ。焦るものじゃない」

 時が進んだのは、あなたばかり。私は前を見ているだけで進めていなかったことに今になって気づかされた。今もあなたはなにも間違っていなくて、それがより悲しみを増殖させる。

「じゃあ、そろそろ行くね」
「おう」
「お幸せに」

 触れあうことも、名前を呼び合うことも、もうないけれど。あなたを思い出すことも、きっともうない。見納めたあなたの表情は柔く強く逞しく、ちょっと懐かしくて。気付かれないように、かさついた気持ちを隠して背中を向けた。

気付かれないように × 飯綱掌

モドル