もうすぐ終電だよ、そう声をかけられて頷けばその瞬間から幸郎くんとの内緒の時間が始まった。駅への道は近すぎるし、幸郎くんは上りの電車だからまだ終電は迫っていないけれど、彼のそのセリフは常であり、友達というヴェールを脱ぎ、恋人という関係に切り替わった合図だ。
飲み会の輪からするりと抜けて角を曲がると、ひょいっと手を繋がれる。ぶらぶらと自然に揺れる腕を見てから見上げれば、目があった幸郎くんは静かに口角をあげていた。
「幸郎くんは行かなくていいの?」
「二次会?」
「うん」
「えー、行かないよー」
けらけらと笑う幸郎くんは、さっぱりしているのにどこか甘ったるくて、心地良いのにどきどきさせて。一緒にいればいるほど落ち着くんじゃなくて、その逆。次第に理解できるようになってくる幸郎くんの感情に私の気持ちはいつも振り回されてばかりだった。もちろん、良い意味で。
「なまえがいないのに行ってもね」
「でも皆は幸郎くんの後ろ髪引っ張ってたよね」
「ねー」
全く興味のなさそうな幸郎くんを横目に、だだっ広い道を呑気に歩けば、まわりにいるのは出来上がっている人と、仕事帰りらしきサラリーマンくらいしかいなくて、速度を緩めた幸郎くんが後ろを確認して静かに何かを企むような予感が身体中を走る。
「早く追い越してくんないかなぁ」
後ろにいた気持ち良さそうに酔っぱらっているお姉さん2人が通りすぎる時、幸郎くんに見とれるその表情が視界に入り、ちくちくと嫌な気持ちが芽生え始めた途端、背中を丸めた幸郎くんの顔が目の前にきて、キスが降った。
自分の唇がかさかさしていたことは触れあってからわかり、リップ塗っておけばよかったなんて今さら思ううちに、ちくちくした気持ちがすーっと引っ込んでいた。
「酔っぱらってる……?」
「んー、そこまでは。それより電車間に合うかな」
「……全然時間見てなかった」
繋がった手を上げ、幸郎くんの腕時計を一緒に覗けば、走れば間に合うか間に合わないかの悩ましい時刻だった。でも、きっと。
「もういいんじゃない?うち泊まったら」
彼のそのセリフは常であり、これから起こるそれの合図だった。
キスする前に × 昼神幸郎
モドル