やってきた電車の窓から、2つ空いた席が見えた。降車する客がいなかったため、扉が開いてすぐ前に並んでいたサラリーマンが我先に座ろうと車内に入ってすぐにぴくりと体が縮こめてすぐに爪先を翻した。でもそれは、私にとって待ちわびた姿を確定させるものだ。

 背が高く、大きなからだ。三白眼に人はおののく。空席の間に座る彼は私の通う伊達工業3年の青根先輩で、私の初恋の相手でもあるのだけど、ここにいる乗客は知らない。その見た目とは裏腹に、この人が優しいということを。

 優先すべき人が乗車しようものなら席を譲ろうと誰よりも早く席を立つのはいつも青根先輩だし、学校でも階段から落ちそうになった私のことをギリギリのところで助けてくれたのも青根先輩。その、太く逞しい腕で。

 いつもよりも1本早い電車に初めて乗り、青根先輩を見て心の中で飛び上がったのはそう最近の話でもない。あの空席と青根先輩を見つめて何日経ったのかな。
 薄く塗ったチークが今日こそ私を隣に座らせようと勇気づけ、意気地のない自分に渇を入れる。

 ローファーを鳴らし、空席の前に立つと、ぐらりと電車が揺れ、青根先輩と目が合い、きゅうんとしつつもしびれるような不思議な感覚に陥った。

「あ、あのっ」
「………」

 やっと絞り出せた蚊の鳴くような声に青根先輩の黒目が反応し、私は声を出した。

「ここ、良いですか?」

 わざわざ聞かれるなんて思っていなかったんだろう。青根先輩の黒目はふよふよ泳ぐ。私もよく考えれば電車でこの質問をしたのは初めてだった。こくりと頷いた青根先輩に軽く頭を下げて隣に座ると、それだけで心臓が口から出そうになった。
 ちなみに爪先を翻したサラリーマンは、ドア付近でたいそう驚いている。

 こっそりと隣を見ればとっても大きな手がきちんと膝の上に乗り、回りの人への配慮が伺える。そう、そうなのだ、こういうところがとってもたまらなく素敵。見上げることは出来ないけれど、もしかしたら私を気にして視線を送られていたりして。

 覚えてるかな、私のこと。もしもこれがきっかけになったら、いつかちゃんと言葉を交わせたら。挨拶をして当たり前みたいに隣に座るのかもしれない。そんな日がきたら、きっと。

milk × 伊達工連載 / 青根高伸

モドル