秘密ってなんだか破廉恥
春を見送り、夏がやってくると、最初の頃とはがらっと変わり私たちはあんまり会えなくなった。
どこかに泊まりに行くことも憚られるほどに繋心くんのスケジュールはパンパンだったが、週に何度かは繋心くんのおうちに泊まり、一緒の布団で眠り、朝早くに出ていく姿をお母さんと見送るのはここ最近では当たり前のことになっている。
「繋心、来週合宿だったわよね」
「うん。毎年恒例なんでしょ。昨日もノートとにらめっこして頑張ってたよ」
「そう」
これから合宿もいくつかあるようだし、春高予選に向けての練習もある。毎日の繋心くんの様子を見ていればそりゃ新しい恋愛なんてしている時間がないのは明白だ。
『俺は稼ぎが多いわけでもないしな。練習試合とか大会で土日がつぶれることも少なくない。それに多分あんま構ってやれない』
出会ったばかりの頃に言っていたないづくしの言葉がふと頭に浮かび、今まさにそれを痛感しているような気がする。もっと会いたいとか、遊びに行きたいとか、どうして土日なのに出掛けられないのとか。今までそういうことをこの時期に言われたことがあるのかもしれないと思うと、ちょっとだけいたたまれない気持ちになった。
繋心くんのお母さんに「今日も泊まっていけるの?」なんて聞かれたのはきっと私が今日は丸1日休みなのがわかっているからで、特段予定のなかった私はにっこりと頷く。
「隣町にね、ジェラートのお店が出来たらしいのよ。なまえちゃんよければ一緒に行かない?」
お母さんとスーパーに行ったりすることは何度もあったけれど、こんなお誘いは初めて。ゆっくりと支度をして、お母さんの後ろ髪をひくお父さんにこっそり笑い、驚くほど安全運転で走るお母さんの助手席に座って行ったジェラート屋さんは大当たりで、また行こうねなんて約束をしたけれど、繋心くんとも来れたらいいな〜なんて呟くと、本当似てるわねとお母さんは言ったものだから、ちょっと不思議で首を傾げた。
▽
車を出してもらったりジェラートもなんだかんだでごちそうになってしまったからとお母さんの代わりに店番をしていると、ガラガラっと引き戸が開き、疲れた表情の繋心くんとばっちり目が合った。
「おかえり」
「……疲れた」
「私が店番するから、繋心くん帰ってゆっくりしてもいいんだよ」
「いや、」
いつもの私の定位置の丸椅子に座った繋心くんは、壁に寄りかかり早速たばこに火をつけ、灰色のけむりをもくもくと吐き、ポケットから出したスマホをいじりはじめた。
「お母さんが今日も泊まってって誘ってくれたから今日も泊まろうと思って」
「おう」
「今日親戚のおうちでごはんなんだって。みんなで行ってくるから1日奥さん頼まれちゃった」
「なんだその1日警察所長みたいな言い方」
繋心くんを見て笑いながらカウンターに頬杖をつくと、エナメルバッグを斜めがけした烏野の生徒たちがちらほら店内に入ってきて、脇目もふらずアイスの入ったケースに向かう。
あーだーこーだと楽しそうにアイスを選ぶ高校生の姿はまさに青春で、数十分前に帰った高校生カップルがパピコを半分こして帰っていく姿とは違う青春が目の前にあった。
坂ノ下商店で店番をするのは、もう慣れたものだ。烏野の生徒には店員として認識されているようだし、バレー部の子たちが来ればなぜか緊張の面持ちで挨拶をされていたのが最近は繋心くんといるときより私だけが店番している時の方がちょっとフランクに話をしているような気もする。
やっぱり、コーチなのだから繋心くん相手にはいつまでも緊張するのは当たり前な気もするけれど。
波は去り、アイスの入っていたケースはかなり隙間が空いている。お店の前に居座ろうとする部活帰りの数人の生徒たちを怒鳴り散らした繋心くんが早々にシャッターを閉めると、あまり意味のなかった店内の明かりが突然に意味をなす。
「今日もアイスがよく売れたね」
「すげー暑かったもんな」
「私も今日、隣町にジェラート食べに行ったよ。お母さんと二人で」
「ジェラート屋なんかあったか、隣町に」
「最近できたんだって」
眉を下げてちょっとだけ羨ましそうな表情でレジ締めを始めた繋心くんを見つめていると、両頬をふにっとつままれ、見んなよ、と笑われる。
「ダブルにしちゃった」
「うまかった?」
「うん!ゴマとバニラ」
「……俺も食いて〜」
レジ締めとはいえ、誰に報告するでもないせいかいつも繋心くんはけだるげである。レジの中の残金をしまい、早々に帰ろうとお店を出て鍵を締める繋心くんの後ろを歩くと、大きな手のひらがこちらに向き、私はそれじいっと眺めた。
「早く帰んぞ」
初めてだった。まだ少し明るく、そこら辺に学生がいなくもない時間帯に、外で手を繋いだのは今まで一度もなかった。……というか夏になってからあんまり手を繋ぐことがなかったかもしれない、だって暑いもん。
「多分母ちゃんたち今日は帰ってこねぇから、嶋田マートで適当に飯買って済ませるか」
「やけに急いでますね繋心くん」
「いつも親いるし、最近忙しかったから溜まってんだよ」
「……なるほど」
「おい。なるほどだけはやめてくれ」
「じゃあいっそのこと一緒にお風呂入っちゃう?」
「……」
「それも悪くないって思ったでしょ」
「うるせぇ」
かさついた瞳が私を弾いて、明後日の方を向いてすぐ。掴まれたままの手はぎゅっとより強く握られて、絶対にお母さんたちには秘密なことをこれからしようとする私たちは、よく考えればいい大人だった。