ぼくの明日をあげてもいいよ


「相変わらずなんもねぇな」

 畳の上に座った繋心くんが私の部屋を見回してそう呟いたから、私も部屋を見回して隣に腰を下ろして立てた膝の上で両腕を組み、おどけて言う。

「そんなことないよ」
「いや、あるだろ」
「うーん、多分だけど。あれじゃない?宮城にきた時、どこかに行きたくなったらいつでも行けるようにって物を増やさないでいたから。だからあんまり増えないのかな」

 もしもここを離れる時がきたら、荷物がいっぱいあって持っていけなかったら、おばあちゃんに迷惑がかかる。元々物が少なかったのもあるけれど、そんな考えもあってか私の部屋に物はあまり増えなかった。

「……今もそう思ってんのか?」
「残念ながら」
「……」
「残念ながら、一ミリも思ってないんだなこれが」

 夏祭りの時に繋心くんと初めて撮った写真も、少しずつ増えていく服も、目に見えない抱えきれない思い出も。この部屋にはたくさんあるから、もう離れられないのだ。もしも繋心くんが私を突っぱねてどこかへ行けと言えばおとなしく出ていくけれど、繋心くんが私の知る繋心くんである限りは接着剤で足の裏をくっつけたかと思うように動けないんだろう。
 驚いた繋心くんは、私の言葉を理解してすぐに眉を下げると、変な前置きするなよ、なんて笑う。

「俺、お前に対してずっと思ってることあんだけど」
「うん、え、悪い話?変な癖とか?」
「違う」

 繋心くんは後ろに手をつき、背中を少し倒して伏し目がちに私を見る。

「なまえにはずっと自由でいてほしい……と、思ってたけど」
「うん」
「あんま遠くには行ってほしくねーなって、思った。今」
「……100本のバラ以上の愛だね」

 下がりそうもない口角を上げたまま繋心くんを見れば、茶化すなよ、なんて言いながらかさついた指先が私の頭をわしゃわしゃと触る。そのまま私の肩を抱いて引き寄せたから、そのまま繋心くんの体に頭をくっつけた。見上げようとすれば肩にあった手で目を隠されて、静かな時間が流れて。私だけの暗闇で数秒がたつと、そっと笑った。泣くでも、照れるでもなく。

「なんか今、プロポーズでもしそうな雰囲気じゃない?」
「……どうだか」
「いっそのこと明日あたり役所に行ってもなんの違和感もないよ」

 私の目元にあった手が肩に戻ると、頭を預けたままで繋心くんを見上げる。呆れたような瞳が私をとらえて、笑い合う。いつもと同じように。
 冗談でもあり、本当の気持ちでもあり、口に出さずとも時が流れればいつか来ると思うその時は、いつ来てもいいと思っているのかもしれない。

「つーかさ」
「うん」
「もしそうなったら、お前はどこ住むつもりなんだ」
「う〜〜〜ん……もちろん繋心くんと住みたいけど、」
「全部が近すぎんだよな、きっと」
「……やっぱ普通に考えれば……繋心くん家じゃない?」

 熟考の末に出した答えを言うと、それはま〜なんとも言えない微妙な面持ちをした繋心くんが視界に入ったから、笑いそうになるのを耐えながら思った。私の案はお気に召さなかったようだ、って。

「繋心くんはどうしたい?どこに住みたい?」
「場所っつーか……俺はお前と2人がいいんだけど」
「……うん」
「急に照れんなよ。うつるだろ」
「照れさせたのは繋心くんでしょうが」

 恋人と未来の話をするには、ひどく馬鹿馬鹿しい空気が流れているが、私と繋心くんにとっては割と甘ったるい方の空気であるということは忘れないでほしい。

「なぁ」
「んー?」
「……ほんとに結婚するか、近いうち」

 さすがに明日に役所とは言わねーけど、なんて付け加えられたそれは、プロポーズのようだった。照れた顔が戻っていないというのに、どうしてくれる。繋心くんたら。

「なまえも俺も、きっと生活は変わらないだろうけど。それでもお前とは、結婚したいと思うんだよな」
「……うん」
「なんかあれだな、すげぇ漠然としたこと言ってんな、俺」

 そんなことないよ。ちゃんとわかるよ、繋心くんが言ってること。私は健気に旦那さんを支えるようなタイプではないし、また小さな喧嘩だってするかもしれない。それでも繋心くんがそう言ってくれるなら、嬉しいと思うっていうのは、そういうことだって思ってもいいよね、きっと。

「時々考えてたんだけどね。繋心くんと私が結婚して失うものって、なにもないんだよね。何が得られるかはまだわからないけどさ。なんでかなぁ、それでもいいって思えるんだ」
「ああ」
「私はここが好きだし、繋心くんの隣はあったかいし、たくさんのいい人に囲まれて過ごせる。私たちが変わらないなら、結婚してもハッピーに生きれるよ。私たちなら」
「……漠然とな」
「うん、漠然とね」

 都会よりも煌々とする自販機の光や、毎日きれいな夜空を知って。おすわりで繋心くんと出会って。

「なまえ」

 ぶっきらぼうで優しい声が私を呼んで、とくとくと鳴る繋心くんの心臓から耳を離す。膝を抱いて繋心くんに向き直り、耳に髪を掛けてまっすぐに繋心くんを見れば、改まりすぎ、と繋心くんは恥ずかしそうに言う。

「俺と結婚してくれ」

 にいっと笑えば、心がじわじわとあたたまっていくのがわかる。改めて言ってくれる案外真面目なところが本当に繋心くんらしくて、そういうところも大好きだと思う。
 声に出して返事をする代わりにそのじわじわ広がるものを抱えながら繋心くんに抱きつくと、繋心くんの腕も私の背中までまわっていく。

「……和装より洋装がいいな」
「結婚式とか興味ないと思ってたわ」
「しなくていいならしないけど、そうもいかなくない?親戚のあれこれとか、ねぇ」
「そう思うと、結婚すんのも大変だな」

 腰の上がらなそうな繋心くんに、引き返すなら今だよ、なんてふざけて言うと、腰にあった片手で頬をふにふにとつまみ、なんだか怒ったような表情をする。

「なまえが言ったんだろ。証明するって」

 ロマンティックでなくたって、始まりが普通じゃなくたって、こんなに当たり前で愛しい世界はここにしかないのなら、それで十分のようだ。
 繋心くんがここにいて、誓うようにキスをしてくれるのなら。