恥知らず乙女


 カランカランと下駄が鳴り、後れ毛が揺れる。ばっちり着飾る大学生くらいの子たちに紛れる繋心くんと私も、繋心ママにあれよあれよと着物を着せられ、気づいたらふたり並んで鳥居をくぐっていた。

「まさか母ちゃんが隣の家のおばさんに浴衣借りに行くとはな」
「お祭り行くって言ったら急にやる気満々になってたよね。腕がなるわ〜って。あ、たこ焼き食べたい」
「とりあえず適当に買って座るか」
「まって、じゃがバターもあるじゃないですか」
「……食い気がすげーな」

 手当たり次第に色々と買ったりなんかしたら、きっと財布がすぐにすっからかんになるだろうと思い、財布の紐を緩めそうになるのを我慢すると、私を見る繋心くんは我慢できない様子で口元の前に腕をやって笑う。
 お祭りも久しぶりではあるけれど、恋人と浴衣でお祭りデートをするなんていつぶりだったっけ。気だるげに繋心くんが自分で出した甚平を奪い、どこからともなく出てきたチャコールグレーの浴衣を繋心くんに着せたお母さんはとっても満足気な表情をしていて、私に浴衣を着付けてくれた後なんて「娘がいたら着付けしてみたかったのよ〜」なんて満面の笑みで言うものだから、こっちまで嬉しくなってしまった。

「浴衣似合うね、かっこいい」
「たまにはいいかもな。こういうのも」
「どうよどうよ、彼女の浴衣姿は」
「あー……よくお似合いで」
「可愛い?」
「……どっちかっていうと可愛い」
「え〜、可愛いか可愛くないかの二択でそれなの?」

 私が歩いても、下駄のようにカランカランという音は鳴らない。その代わり、合間を縫って行ったショッピングモールでお揃いで買った黒いサンダルが揃って歩いている。知り合いに会いかねない夏祭り、私たちはさすがに手を繋ぐことはない。屋台の明かりが道を照らし、迷子になるぞなんて言って手を繋ぐような人混みもない。この世にそんなときめきイベントは早々落っこちていないのだ。なんでそうなるんだよ、と言った繋心くんにむっとしたまま視線を送れば、明後日の方を向きながら尖った唇が動き出す。

「可愛いか綺麗かの二択だよ」

 そういうのはもっと早く言ってよ、なんて思う間もなく思わぬ方向からときめきが攻めてきたものだから、ノーガードで受け止めてしまい、ダメージ大である。

「繋心くんにときめき殺されるとこだった」
「なんだそりゃ」

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 鰹節の踊るたこ焼きに、マヨネーズのかかったじゃがバターに、カラフルトッピングのされたチョコバナナ。キンキンに冷えたビールも結局手に持っている。人気の少ない石段に並んで座ると、遠くに聞こえる盆踊りの音楽がいい感じにBGMとして耳に入ってきた。

「高校生少ないね、夜だからかな」
「もっとでかい神社でも祭りやってるから、そっち行ってんだろ」
「そういうことか」

 たこ焼きを食べ、ビールをごくり。ハイボールも相性が良かったかもしれないなどと思いながら隣を見れば、じゃがバターをおつまみにビールを飲む繋心くんがお祭りという場があまりに似合いすぎることに気づいてしまった。

「この辺は花火とか上がったりするんだっけ?」
「車でちょっと行けば有名なとこはあるけど、徒歩圏内は無いぞ」
「来年は浴衣買おうかな。綺麗系の浴衣」
「……隣のおばさんに毎年借りるわけにいかないしな」
「そしたら繋心くんも着ようよ、一緒に」

 紐を解くように来年の話をして、特に言葉を交わすでもなくたこ焼きとじゃがバターを交換すると、気が向いたらな、なんて繋心くんは言う。悪くないっていう表情で。そしてじゃがバターは安定の美味しさである。

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 浴衣の裾を直して座り直すと、スマホを出してインカメラに。お祭りを背景になんとなく写真を撮ろうとすると、繋心くんが視線だけをこちらに寄越したから、すかさずシャッターをきった。うん、なかなかいいツーショット。

「いい感じだから繋心くんにも送っちゃお」
「おー」

 酔ってはいないけれど、アルコールが気持ちをだらりと緩ませ、お揃いのサンダルが気分を良くさせて。

「ちょいちょい」

 そう言って、私たちの間にある数センチの隙間に視線をやる。置いていた手をひらひらと少し動かすと、ビールの缶を脇に置いた繋心くんの冷えた手が重なって、一本ずつ絡む。

「そういえば射的とか得意?」
「あー……普通」
「さっき通りすぎた射的の屋台に家庭用ビールサーバーがあったよ。取ってかえったらお爺さん喜ぶんじゃない?」
「ジジイは飲みすぎちゃだめだからそんなもん与えたら大変なことに……って、なまえがほしいんだろ」
「ひえ、ばれたか」

 にぎにぎと動く手が止まり、繋心くんの親指が私の手のひらを撫でるけれど、会話はいたって普通で、いつまで経っても声と手のちぐはぐは交わりそうにない。

「やっぱハイボール飲みたいな」
「俺はビールだな」
「じゃあ買ってきたげよっか?」
「いい」
「なんでよ」
「俺も一緒に行く。お前1人じゃ色々と心配だし」

 予想される色んな意味を想像すると、空の容器をビニール袋に入れながら頬が緩み、立ち上がるときにはこっそり繋いでいた手はあっという間に解けた。

「……ねー繋心くん」
「ん」
「ビールサーバーゲットしてさ。嶋田くんとたっつぁん誘って昼から家で飲んだら最高じゃない?」

 バーベキューとかもしてーな、なんて言われて速攻で頷けば、でも難しいかもな、と言われて控えめにまとめた髪が揺れる。

「昼間に休み合わせられっかな」
「……そうだった。恐るべし、自営業の宿命」
「昼休憩にバーベキュー参加するわけにいかないし」
「そっかぁ、諦めるかぁ。ほらここの、これ。ビールサーバー」

 後ろ髪を引かれるようにそう言うと、ほんの少し残っていたビールを流し込んだ繋心くんは私に缶を渡して、財布から小銭を出しておじさんに渡す。

「取れなくてもわーわー言うなよ」
「大丈夫だよ。取れなくてもバーベキューはできるもん」

 私のふざけたお願いに付き合ってくれる背中は結構真剣だ。その後ビールサーバーはどうなったのか、それはまたいつか、わかるかもしれない。