安上がりハネムーン
さくっと言えば、繋心くんと私は結婚した。あれから1ヶ月ほど経ってから。式はどうするの?なんて予想通りにまわりに聞かれたけれど、ふたり揃って難しい顔をしながら唸りをあげれば、繋心くんのお母さんはわかっていたように笑って言った。あんた達らしいわ、と。
繋心くんは実家、私は祖母の家から全ての荷物は持って行かず、必要なものだけを持って坂ノ下商店まで徒歩で行ける近くのアパートを借り、そこに住むことに決めた。ふざけたように言うのなら、新婚気分だけはふたりで味わおうみたいな、そんな感覚で。
あっという間にほとんど片付いた部屋のベランダにサンダルをつっかけて寄りかかる繋心くんは、なんの違和感もなくたばこを咥え、背中越しにゆらゆらと煙を揺らす。
1LDKの部屋は今までの私たちからすれば格段に狭いけれど、良く思うのならいつだってひとりじゃないような気がした。窓をあけて、繋心くんを呼ぶと、私にだけこっそりと上げられた口角と共に繋心くんの目が細くなる。音もなく優しい風が吹き、ひんやりとする体に身を縮めると、羽織っていた厚手のカーディガンをぎゅっと両手で閉じた。
「寒くないの?中で吸えばいいのに」
「……引っ越し早々?」
「あはは、それもそうか」
「で、どうした?」
かさついた優しい瞳に引っ張られるようにサンダルを履くと、繋心くんの隣に立ち、ベランダによりかかってその横顔を見る。肝心の用件を言わずにそのまま横顔を堪能していれば、耐えられないと恥ずかしそうに私にむいた視線に笑う。
「一服が終わったら夕飯の買い物行かない?」
「……ん、行く」
「食べたいものある?今日は結構やる気あるよ!」
「ははっ、結構かよ」
また音のない風が吹き、さむ、と思わず呟くと繋心くんは可笑しそうに言う。早く入れよ、風邪引くぞ、って。
「そうだね」
「もうすぐ終わるから、準備しといて」
二足のサンダルが並んでしばらくしたら、でかけるんだなんて当たり前のことを思いながら部屋に入ると、忘れ物がないようにカバンに財布を入れる。ベランダにサンダルが二足あるのは、なんだか心地の良さそうなベランダで日向ぼっこをしたり星を見たり、そんなことができたらいいね、なんてロマンティックな理由からだった。窓が開き、閉じる音がする。いつも通りみたいな私たちは、ちょっとだけ心が躍っていたかもしれない。
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知り合いがいなそうなところまで手を繋いで、見慣れた角を曲がって私から手を離した。それはなんだか癖みたいなものだったけれど、私を見た繋心くんが少しむっとしたような気がして視線を斜め上に送れば、やっぱりむっとした表情をしていた。
「なまえ」
「ん?」
「ベタベタしたいわけじゃねぇけどさ」
「……えへへ」
「笑うな」
大切なことはなにひとつ口にせず離れた手をもう一度繋ぐと、1本づつ指が交互に絡む。
「繋心くん、」
「なんだよ」
「……結婚っていいもんだね」
こういうのを幸せっていうんだね、なんて口にせずに思うと、自然に手が揺れる。繋心くんと私にしかわからないくらいに、小さく。しばしの沈黙のあと、ぶは!と吹き出した繋心くんが楽しそうに私を見た。
「しみじみ言うなよ」
「だってほら、幸せじゃない?こういうことが」
冷たい頬に、ほんのりと白い息に、暖かいコートを着ているというのに、手を持ち上げて見せた手は何よりも暖かい。
「そうだな」
ちょっとだけ恥ずかしそうにコートの首元に口を隠す繋心くんは、きっと私が思うことを理解してくれている気がする。ちょっとでもいい。わかろうとしてくれているのが、私にとっては嬉しい。ただただ繋ぐ手が暖かいことに、理由があるような気がするだけで、嬉しい。
「……年度が変わる前に旅行でも行くか」
「それってさ、新婚旅行?」
嶋田マートが近付いて、繋いでいた手を離すと、繋心くんの腕に絡めながらにいっと笑えば、わざと遠回しに言ってんのに、と鼻を擦る繋心くんを視界にいれる。
「旅行もいいけどさ」
「うん」
「例えば少し長めにお休みをとって、こうやって一緒に過ごすのも良くない?」
「……あー」
「旅行はいつでも行ける、って訳じゃないけど……アパート住まいをやめて繋心くんの家に住むことになったら、その時の方が二人になりたいこと多い気がするんだよね。そういう時の楽しみに取っておく、とか」
「そういうの思い付くところ、本当お前らしいと思うわ」
皆ではないけれど、結婚をすれば式をしたり、旅行に行ったり、なんとなく決まった流れがあるわけで。それを重要だと思うカップルもいれば、繋心くんと私のようなカップルもいて。店内に入り、するりと絡めた腕を抜くと、カートに買い物かごを乗せながら繋心くんを見ればなんの異論もない表情が視界に入る。
「で、思い付いた?食べたいもの」
「……やべ」
「じゃあなにしよっかな〜」
カートを押していると、嶋田マートのエプロンをつけた店員さんたちは私たちを見て微笑ましい表情を向ける。私が休みをとった理由も、私が新婚だということも、口に出さないだけできっと頭には浮かんでいるんだろう。お疲れさまです、と時々会釈をすると、繋心くんはばつの悪そうな顔をしていたけれど小さく会釈もしてくれるし、私の隣を黙って歩いてくれていたから、その時ふと思った。
「ねーねー、繋心くん」
「ん、」
「私たちなら、嶋田マートも立派なデートスポットじゃない?」
ぎゅっと口を結んだ繋心くんに笑ったその時、品出しカートに特売の豚ひき肉を大量に積んだ嶋田くんが現れ、繋心くんと全く同じ表情をしていることに気付く。
「あ、店長」
「〜〜〜〜!!!お前らなぁ、」
収まらないらしい表情をそのままに、私の押すカートに乗ったカゴに黙って特売の豚肉を入れた嶋田くんが、しっし、と追いやるような仕草をしたから繋心くんと笑う。今度はうちで4人で飲もうなんて約束をして。嶋田くんは肉コーナーに向かって背中を小さくしていく。
「たまにはしような。ちゃんとしたデートも」
「ちょっとだけ足伸ばしてね」
「ああ」
買い物を済ませたら、家に帰って、ご飯を食べたら、夜を過ごして朝がきて。そうして繰り返す日々の小さな変化には、これからいつまでも、繋心くんがいるんだろう。あっという間の1日は、瞬く間に過ぎるけれど、こうやって、日々は過ぎる。ほんのりとした愛を含んで、当たり前に。