馬鹿みたいな真面目なはなし


 お茶をいれるために台所に立つ。祖母の家のはっきりした記憶がないのに懐かしい気持ちがじわじわと生まれ、ギシギシする床とか、底の焦げた不思議な花柄のやかんとか、食器棚の奥にある欠けたお茶碗とか。見渡せば空間に馴染むそれらに時を戻されるようだった。この感覚、すごく好きかもしれない。

 お煎餅を食べながら楽しそうに近所のおばちゃんと祖母が話しているところにおかわりのお茶を出すと、おばちゃんが私を見て嬉しそうに笑う。祖母の様子を時々見に来てくれていたらしいおばちゃんは面倒見がいい人で、私もすぐに大好きになった。いつも持ってきてくれるお漬け物はそのへんのスーパーで買うよりも格段に美味しいし。

「なまえちゃん、ちょっといい?」
「うん?」
「嫌だったら良いんだけど、お見合いとか興味ない?私の友達の息子さんがね、なまえちゃんと気が合いそうだな〜って思うのよ」
「お見合い……興味うんぬんより、私着物とかちゃんとしたお店とかちょっと苦手なんだよね」
「じゃあ、お茶会ならどう?お相手もそういうの苦手そうだしいいわよ。普通にその辺で。色々とやってて忙しくしてるんだけど合間縫って時間作るって言ってるから。もしお店が嫌ならうち片付けておくね、本当に会ってくれるだけでいいから」

 頭にはぼんやりと浮かぶ人物がいた。そんな訳はないけれど。祖母の様子を伺えば、のんびりお茶をすすりながらやってみたらいいじゃないとでも言いたげな顔をしている。
 写真がないのを謝られたけれど、それはこっちだって同じだ。お相手だってどんな人が来るのかを知らずに時間を調整しようとしてくれているのなら、流れに乗ってみてもいいのかもしれないと思った。

「……違うなぁって思って断ってもいいならやってみようかな。おばちゃんちなら近いし」
「よかった!じゃあそう伝えさせてもらうから」

 今回の名目はお茶会に留まったが、私のお見合いのイメージって多分古めかしいと思う。初めてだから常がどんなだかは知らないけれど。
 鹿威しが鳴る庭園のある立派な料亭で、着物を着てガチガチになって、若いもの同士でオホホホなんて言って仲人さんがいなくなって、頬を染めて庭園を散歩して。極めつけに『ご趣味はなんですか?』なんて定型文みたいな会話を言い合うのだ。

 そんな私の頭の中にあるものでないのなら、合コンで合うのもネットでSNSで会うのもそう変わらないだろう。出会いが結び付きになるのなら、結果は一緒ってことになるもんね。



 町内会のメンズ3人と飲んでからたしか1週間ほど。おすわりに来たのはそれ以来だった。除雪車が切り開いた道を埋めるようにちらほら雪が降り、傘は重みを増すばかり。
 擦り合わせた手に息を吐きながら引き戸を開けると、カウンターに見えた背中が繋心くんものだというのは簡単にわかった。

「よっ」

 飲み屋街のおじさんよろしく、ひとつ間隔をあけて隣に座ると私を見た繋心くんが私の顔を見て「どこのおっさんかと思った」なんて失礼なことを言うものだから思わず眉をしかめる。

「その顔やめろ」
「繋心くん何飲んでるの?」
「熱燗」
「いいねぇ」
「やっぱりおっさんじゃんか」
「繋心くんだって若い子から見ればおっさんだよ」
「まぁな」
「私は好きだけどね、おっさん。どんなに鏡見てワックスつけたって、中身は大人には勝てなくない?」
「でも若さもスゲーのよ」

 若さの強みをしょっちゅう目の当たりにする繋心くんの言葉はなんだか納得せざるを得なかった。でも納得させられているというのは違う。押し付けがましくないのだ。
 だけどやっぱり、キラキラの青春を送る高校生よりも、たばこの煙を纏わせる繋心くんの方が私はいいな。別に繋心くんが好きというわけではないのだけど。

「逆によ。逆に繋心くんが私かピチピチの高校生かどっちか選べって言われたらどうする?」
「それはあれだな。どっちを選んでも俺は得しねぇな」
「あはは一理ある」
「まぁ、その選択肢なら一択だろ」

 その一択をはっきり言わないの、嫌いじゃない。

「あのさ」
「あ?」
「繋心くん、私の名前知ってる?なまえっていうのね」
「……こないだ聞いた」
「でも一度も呼んでないよね」
「呼ぶ機会がねぇ」
「いーや、あったね」
「そもそもなんで名字を教えないんだ?」

 だってなんか楽しいかなーって。繋心と嶋田とたっつぁんの輪の中に入るのに『みょうじなまえです!』ってなんか違和感あるもん。

「嶋田くんは呼んでくれたけどね。なまえちゃんて」
「たっつぁんは呼んでねーだろ」
「たっつぁんはいずれ呼んでくれそうだからいいの」
「……何だそのぼんやりした基準」
「繋心くんは私が言わないと一生呼んでくれない気がする。これは女の勘だね」
「女の勘の使い道間違ってるだろ。んで、注文は?ほれ、メニュー」

 確かに。日の近づいたお茶会で、女の勘がちゃんと働けばいいのだけど。繕うことなく、いまこの瞬間のように。




 おばさんのおうちのこたつでみかんを食べていたら、目の前に現れた人物を見て、目を見合わせ、固まった。

「なにしてんの、繋心くん」
「お前こそ」
「ラフなお茶会?」
「あー……奇遇だな」

 名の通り、これはお見合いではなくラフなお茶会だ。なぜならこたつでみかん。ちょっとだけ小綺麗な服。
その瞬間、全てを悟ったおばさんの顔ったら。