甘くない曖昧によろしく


 うすうす感じてはいたが、繋心くんは律儀な方だと思う。体育会系だからか私と違って礼儀はきちんとあるし、言葉数がそう多くないわりに言葉を選んで口にしているようだし。

 坂ノ下商店の店内を外から覗き、繋心くんがいるのを確認すると、たばこをたしなみながら新聞を読むその姿をこっそり見て楽しむ。たばこを吸う男性が特段好きなわけではないけれど、染み付いたように自然な一連の仕草は見ていて引き込まれるものがある。
 ムートンブーツの底についた雪を払って店内に入れば、しっかりと目が合った繋心くんが新聞を閉じて咥えていたたばこを灰皿に置いた。

「おう」
「うう、さむいー……ストーブあったかそー……」
「しょうがねぇなー」

 店内にはお客さんは居らず、手招きをされてカウンターの中へ入る。ストーブの横に丸イスを置き、ぽんぽんと座面を2回軽く叩いた繋心くんは優しくて素直じゃない表情をし、カサカサと音を立てたビニールを見た。

「たっつぁんとこ?」
「うん。脱衣所の電球切れちゃって。で、ここには肉まんかあんまんを買いにきました」
「どっちだ?」
「困ったことにまだ迷ってるんだよね」

 灰皿に置いたたばこに改めて口をつける繋心くんと、ストーブに乗せられたやかんから出る湯気と、座り心地の悪い丸イス。止んだばかりの雪が外の寒さを誤魔化すようにきらきらと光った。坂ノ下商店で店番したら、こんな感じなのかな。

「で、決まったか?」
「はやく決めたらはやく帰らなきゃだめじゃん。このストーブとも離れないといけなくなる」
「はやく帰りゃ、ばーちゃん家のこたつでぬくぬくできるだろ」

 追い出したそうなセリフなのに、繋心くんはしれっと沸いたばかりのお湯でお茶を淹れてくれる。素直なのか素直じゃないのかよくわからないけれど、それが面白い。
 今日は繋心くんに話したいことが2つあった。繋心くんにとってはちょっと面倒なことと、私にとってはちょっとめでたいこと。

「昨日おばちゃんが来てね、繋心くんとはどうなの〜って聞かれたよ。特に今までと変わらないですって言ったら、お似合いだから付き合ってみればいいのにって」
「……それでなんて?」
「繋心くん次第ですねって」
「は、それ、本気か?」
「うん。繋心くんとは本当に気が合うと思ってるから」

 本当に、本物の、本心だった。愛とか恋とか、そんなの育むにしては大人になってしまったし、思うのだ。曖昧に。そばに居れたら楽しそうだ、って。

 告白のようで告白でないそれを聞いた繋心くんは喉を閉めて声を失い、灰皿にかけていたたばこの灰がちょうど灰皿に落ちた。

「でもよ」
「うん」
「お前、いつまでもばーちゃんちにいるんじゃないだろ」
「その辺はご心配なく。明日から嶋田マートでバイトなの。だからバイトでも生活費はちゃんと入れられるから当分はいると思う」
「……は?」
「それにおばあちゃんと居るの好きだし」

 この辺りに住んでみて思ったのは、嶋田マートは献立に頭を抱える主婦の味方の店で、滝ノ上電器店は電話1本で駆けつけてくれる地元密着型の店で、ここ坂ノ下商店は烏野高校の生徒に買い食いの供として重宝される店。
 どれもなくてはならない大事な店だと思う。その中でも嶋田マートは1番近く、帰りに値下げ品も買えて、私の働き口としてはもってこいだった。ちょうどバイトの子もやめたとかなんとかで。

「決めた。今日は肉まんにする」
「…おう」

 ケースから肉まんを取り、紙に包んでいる間に小銭を出せば、ちょっとぶっきらぼうに「いらねぇ」と声が降る。見上げた先の繋心くんは柔くてかさついた表情で私をじっと見ていた。

「おごり」
「太っ腹〜」

 褒め言葉に若干不服そうな顔をした繋心くんを横目に早速頬張った肉まんからは美味しい香りのする湯気がふわふわと上がる。再び繋心くんの指の間に挟まれた吸いかけのたばこは、ひどく美味しそうに見えたけど、一口吸わせてなんて若々しいことは言わなかった。

「ここだけの話」
「うん」
「ぶっちゃけると、嫁さんにもらうならお前みたいなタイプの方がなんだかんだ上手くいくような気もすんだよ」
「ほう」
「俺は稼ぎが多いわけでもないしな。練習試合とか大会で土日がつぶれることも少なくない。それに多分あんま構ってやれない」

 ない、ない、ない。人を思うがゆえの、ないづくし。この人は不器用なんだ、そう思ったら尖った唇がなんだか可愛く見えた。
 今いる場所が完全なホームだからか、繋心くんは正直で穏やか。カウンターの中は生活とお店の狭間で、まるで小さな城みたいだ。

「……旦那さんが繋心くんて自慢じゃない?」
「それはどうだか」
「え〜、二足のわらじ履いてる旦那さんなんて早々いないって。でも私、寂しかったら寂しいって言っちゃうからダメかぁ」

 なんか、すごく変な会話。すり合わせるように確認する先にあるのは恐らく『付き合う』という関係だ。

「ダメではないだろ」
「そう?構ってやれない、申し訳ない、言われたらより申し訳ない、てっきりこの流れかと」
「いや、言われないとわからん」
「確かに。私も言われないとわかんない。結婚しても元は他人なんだし」

 カウンターに肘をつき、だよなぁ、とたばこをふかす繋心くんはやっぱり気が合うのでは、なんて思う。

「でもこんな急に付き合うとか。決められるか、普通」
「私、そっか。普通じゃないのか。繋心くんとなら付き合いたいなって思ってたわ」

 大きな溜め息のあと、本当自由、と呆れたように呟かれれば、褒め言葉としてありがたく受け取り、食べ終わった肉まんの紙を適当に畳んでくしゃりと丸め、手の中におさめた。

「よし、じゃあこれがごみ箱に入ったら付き合う。入らなかったら付き合わない。どう?」
「ガキか」

 灰色の煙の向こう。言葉通り、子供を見るような目で私の揺れる手もとを見る繋心くんに、10割入らない、そう思って放った紙のボールは放物線を描いてラベルがついたままのごみ箱にポトンと落ちた。

「あ、入っちゃった」
「……どーすんだ」
「どーしようね」

 なされる会話とは対照的な、ばつが悪そうな表情のまま。少し考えた繋心くんは小さく溜め息をついた。煙を纏って。

「いいんじゃねえの、入っちゃったし」

 ときめきとかそういうのは置いといて、やっぱり友達でない特別な相手ができる瞬間というは妙な高揚感がある。

「あ、お客さん」

 店の前の影が見えてカウンターを出ると、振り返りうっすらと口元の柔らかな繋心くんに手を振る。「またね」と声に出せば、変わったばかりの関係により意味の変わった『またね』は何故かとてもしっくりきて、ちょっとだけウキウキした。