まずまずの火星
昨日の夜、繋心くんが電話をくれた。『メールはめんどくさい』そう言った繋心くんは本当にめんどくさそうで、らしさ満載だと思った。
『今、家?』
『うん。繋心くんは?』
『家』
『そっか』
『……』
『……』
『……ぶはっ!』
『こう改まると喋ることなくなるんだね』
『俺は沈黙で笑えるから問題ないけどな』
やっぱり、私たちは変だった。なにが変って、スタートから全部だと思う。
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かくかくしかじか。バックヤードで何気なく嶋田くんに繋心くんとのことを報告をすると、目を真ん丸にしてそれはもう驚いていた。だって知らぬ間に身近にカップルが誕生してるんだから、私が嶋田くんの立場なら同じく驚きである。
「どっちから?」
「私から……?いや、繋心くんから……?」
「結局どっち?」
「う〜〜〜ん」
「……埒があかないから今晩おすわり集合。いいな!」
さらさらの頭をぐちゃぐちゃにする嶋田くんが珍しく有無を言わさぬ言い方をしたのは、私がこっちに来て出来た友達は、嶋田くんとたっつぁんだけなのと、繋心くんはほやほやの彼氏、ということがバレバレであったからだ。つまり、私に何の予定もないのは明白ということ。
灰色のロッカーに囲まれ、白い机を挟み、ほとばしるバイト感に高校生に戻ったよう。これで嶋田くんが高校生なら、同世代の異性と恋バナでもしているような気になりそうだ、なんてこっそり思いながら、私のバイト初日はスタートした。
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嶋田くんとたっつぁんと私の3人でだらだらお酒を飲み、ここ数日のあーだーこーだを酒の肴にしながら繋心くんを待つ。隣の椅子を眺めると、目の前の2人からにやにやと笑いを交えた視線を送られて、考えていることは大体わかったような気がする。
「オース」
「お疲れさま〜」
戸が開き、繋心くんがおすわりにやってきた。カチューシャにジーパンにパーカー。これがいつものスタイルなのは把握した。それかジャージ。
なんともないように私の隣に座り、目の前の2人を見てからしたばつの悪そうな顔を頬杖をついて眺めれば、注文を済ませてから早速取り出したたばこを咥える。
ふと思う。結構すでに幸せかもしれない。理由も理屈もないけれど、こっちを向いた繋心くんが「げ」と言って私の頬を痛くないようにつねって、痛くないけど夢じゃないなって思って。
「早速目の前でいちゃいちゃすんな」
「してねーよ」
「いーや、してたぞ。俺もたっつぁんとは同意見だ」
「馴れ初めは聞いたけど。偶然見合いしたのがなまえちゃんなのも驚きだけど、なまえちゃんが繋心を狙っていたとは……」
「しかも繋心がそれに乗るのも意外じゃね?」
「それ、私も思った」
「……お前は思うなよ」
初めて4人で飲んだあの日とは、状況が変わっていた。友達になれそうと思ったのはたしかだったが、それは気が合うと言う大まかな解釈で考えれば恋愛にもなり得るものだったし、はっきりとした恋とか愛がここにあるわけではないけれど、不確かに何かが存在しているのは間違いなかった。
最初は茶化されたものの、やっぱり女子同士の飲み会とは明らかに違う。あまりに気楽で、気を許しすぎて、いつも以上にたらふくお酒を飲んだのだけど、途中から酔いがまわり始める。
男の人の前でこんなに酔っぱらうのはこれが始めてだった。まぁいいか、繋心くんもいるし。なんて体たらくに楽しんで、お店を出る頃には世界は右へ左へゆっくりと回りまくっている。
「コケんぞ」
「じゃあ手繋ご」
「じゃあってなんだよ」
嶋田くんとたっつぁんに手を振ったあとのことだ。拙い足取りを補うように繋心くんと手を繋いだ。そうしたら珍しく、どくどくと私の心臓が大きく波打っている。
「お前飲みすぎ」
「うーん、楽しかったからさぁ。初めてこんなに酔っぱらったよ」
「……まぁいいけどよ」
「私の家、わかる?」
「多分」
やっぱり、結構幸せだと思う。繋心くんはぶっきらぼうに見えて繊細で、厳しいようで優しい。
「宮城はこんなに星が綺麗に見えるんだね〜」
「そうか?普通だろ」
「ねー、あれって何座かな」
「俺に聞くな」
「繋心くん、あれは月だよ」
「それは説明されなくてもわかる」
残念なことにおすわりから祖母の家は徒歩数分。そんな会話をしているうちにあっという間に玄関前に着いてしまった。もう少し、一緒に歩きたかったな。そう思っても繋いでいなかった反対側の手と同じように今にも離れそうなこの手もポケットに入ってしまうんだろうな。
「よし、じゃあ送ったから帰るか。速攻寝るなよ」
「ちゃんと化粧落とす。お風呂も入る」
「溺れるなよ」
「うん」
玄関の明かりが届かないブロック塀に隠れ、はらはらと重なっていく愛みたいなものにつられて繋心くんの腰に手をまわせば、しんとしたあと溜め息と共に大きな手が背中にまわった。
「この酔っぱらいめ」
もこもこのダウンが温かくて、繋心くんに抱き締められるのも温かくて、その一言は優しかった。落ち着く。多分とか、きっとじゃなくて、ただ落ち着く。顔を上げると目が合って、甘えるように口を開いた。
「ありがとね、繋心くん」
「……おう」
面倒見がいいからなのか、恋人になれているからなのか。その理由は私にはわからないけれど。どっちもだったらいいな、なんてゆったりとおりた眉を見ながら思った。