まばたきひとつそれが答え


「繋心くん、もう金髪にしないの?」

 突然投げ掛けられた質問に、瞬きを数回した。すっかり暗くなった空に、たまにしかない街頭の明かりに照らされた俺はひどく滑稽な表情だったと思う。ていうかなんでなまえ、俺が金髪だったことを知ってるんだ。
しばらく考えれば、あっという間に上がった候補は2人しかいなくて、濃厚な方の奴の名前を口に出してみた。

「……嶋田か?」
「うそ。嶋田くんだけど。なんでわかったの」
「お前、まだ友達2人しかいねーじゃん。俺の知る限り」

 壁掛け時計の秒針がただただ進むのと同じように、俺となまえの付き合いはただただ進んでいる。ロマンや紆余曲折なんてものは一切ありもしないが、そんなものは必要ないと思えるほどに俺たちは自然……いや、普通じゃない普通だった。

「繋心くんには何でもお見通しか」
「さすがに何でもじゃないだろ」

 知らないことはいっぱいある。なまえがどんな仕事をしていたのか、なんの部活をやっていたのか、どんな子供だったのか。何色が好きで、何色が嫌いなのか。食べ物の好き嫌いはあるのか。

 そうやって考えていくと、知らないことだらけだ。知りたいと思うことも、知りたくないと思うこともある。全部知りたいわけじゃない。今のなまえが俺にとって自然だから、勘ぐるようなことはこれからもしないと思う。

 隣を少し見下ろせば、楽しそうに大股で歩くなまえがいる。お互いに歩調を合わせるわけでもないのに、ちょっとのずれはすぐに直って、また少しずれて。
 なんでか、なまえといるのはすごく楽だ。

「また金髪にすればいいのに。見たかったなぁ、生で」
「生って……」
「うん。嶋田くんに見せてもらった」

 あっけらかんとした表情で見上げてくる瞳が、楽しそうに笑ったのが視界に入ると、かわいいと思った。ちょっとだけ、そう、ちょっとだけだ。

「もうしないだろうな」
「私がお願い〜ってかわいく言っても?」
「……逆に俺がこういう髪型にしろっつったら、する?」
「そうだね〜、繋心くんの好みなら一回くらいしないこともないかも。繋心くんはそういうこと言わなそうだけど」
「言わねーな」
「ほら。何でもお見通しなんですよ、繋心くんのことは」

 胸を張り、えへん、とでも言いたげななまえを見て、思わず明後日の方を向くと、知らないこともまだまだ沢山あるけどね、と何ともないように、でも少しだけ寂しげに声が溢れる。

「毎日、店番が一息ついたらこの道を歩くんだね」
「おう」
「コーチして、またお店に戻って、店番して」
「その繰り返しだ」
「でも、部活の子たちはどんどん成長していって、卒業して新しい子が来て、そうやって思えば毎日違うよ」

 そこそこ暗いが人出もある時間なのが急に惜しくなったのは、一度しか繋いでいない手を今すぐにでも掴んで、なんなら……なんて思ってしまったからだ。良い年してなに考えてんだか俺は。

 最初は根っからの自由人だと思っていたなまえは、人に迷惑をかけないタイプのそこそこ自由人という括りに俺の中では変わってきていて、不思議ちゃんでもなんでもなく、ただ自分に正直な人間なんだと思うようになった。

「私は誰かの人生を評価できるような人間じゃないけど、繋心くんの人生は私の知る限りすごく素敵なものだと思う」

 いたずらに歯を見せてそう言うなまえの隣で思う。こういう気持ちをずいぶん昔に味わったが、もういつのことだか忘れてしまった。恋なんて若いものじゃないが、これが何かわかるまで、考える必要もなかった。

「お前、」
「ねぇ繋心くん、もしかしてもう私の名前忘れてる?」

 時が経てば経つほど呼べなくなっていたというのに、改まれば余計に呼べなくなって。

「呼ぼうとは思ってるんだよ」
「まあ、こういうのって最初は緊張するよね」
「お前は一切緊張してなかっただろ」
「お酒が入ってたからだよきっと」

 けらけらと笑うなまえの背景には、見慣れた家が並び、店が近付いていることを告げていた。

「あんまん、まだあるかな〜」
「さぁな、部活帰りにみんな買ってくからどうだか。なかったらまた今度な」
「バレー部の子達の分は取っといた方がいいかね繋心くん」
「いいんだよ。家でちゃんとした飯も食うだろうから。早い者勝ちだ」

 店に入り、母ちゃんと喋るなまえを横目に残り少ないあんまんをひとつ出して、ほらよ、と目の前に差し出す。俺よりも小さな手で紙を包み、嬉しそうに笑うなまえはなんだか温かそうだったが、コンクリートの床は冷えていることはいつも通りだった。

「母ちゃん、車で送ってくるからもうちょっと店番よろしく」
「はいはい。なまえちゃんまた今度ゆっくり遊びにきてね」
「わーい!また来ますね!お邪魔しました〜」

 フレンドリーに母ちゃんに手を振るなまえに、ははっと声を出して笑う。どんだけ仲良くなってんだよって。
 車に乗り込み、たばこに火をつけながら隣を眺めれば、シートベルトをしめたなまえがぼんやりと窓の外を眺めている。

「疲れた?」
「……ううん。繋心くんともっと一緒にいたかったな〜って思ったら帰りたくなくなっちゃった」

 一見寂しそうな瞳とは対照的に、うすらに開いた唇からとんでもない発言が飛び出し、エンジンをかけると、押しっぱなしだった暖房のスイッチのおかげで同時にモーター音が響いた。

「今度ドライブでも行くか」
「うん、行く」
「即答かよ」
「あと今度泊まり行きたい。繋心くん家」

 シートに寄りかかるなまえは、しずかに目を閉じて。無防備に、少し口角を上げている。

「だめかな」

 なまえが薄らに目を開けて俺の顔を見たのがわかって、頭をかきながら瞬きをしたら、なまえは言った。

「うれしい」

 そしてまた静かに瞼をおろしたから、伸びた灰色を落としてアクセルを踏み込んだ。俺まだいいって言ってないんだけど……でもまぁ、確実にだめではないからいいか。