真夜中と朝の間にある


 風呂から上がって、残りひとつのバニラアイスを持って自分の部屋に戻った。扉を開けるとき、あまりにも静かだったから、なまえはとっくに隣の部屋で寝てるもんだと思っていた。

 が。

 ちゃっかり敷いた布団の上に眠るなまえをみて、思わず大きなひとりごとを呟いてしまった。

「……寝てやがる」

 無防備ななまえの隣に座り、カップの蓋を開ける。裏についたアイスをスプーンですくって口に運び、寝息をたてるなまえを見て耐えられずに笑った。

『けーいーしーんー!』

 さっきのことを思い出して、またスプーンでアイスをすくう。俺が風呂入ってる時に脱衣所くるか、普通。
そもそもなまえに普通なんてものはあってないようなものかもしんねーけどさ。

 俺の枕の下に入れている手をしびれないように出して、掛け布団をかけて。子供の世話でもしてるみたいだと思ったが、目の前にいるなまえはどうあがいても恋人にしか見えない。

 アイスを食べきり、ゴミを捨てに行けば「なまえちゃんもう寝たわよ」と母ちゃんが言ったが、言われなくても知ってるんだよな。だって俺の部屋で俺の布団で寝てんだもん。

 どうしたもんかと思いながら歯磨きをして部屋に戻ると、定位置みたいになってきた布団の隣に腰を下ろして寝顔を眺める。さっきキスをした唇がうすらに開いていて、早まりそうな鼓動のペースを子供の頃からずっとうるさいと思っていた壁掛け時計の秒針の進む音が落ち着かせてくれるような感じがする。

「おい…おーい……なまえー」

 髪を触り、さっき枕の下から俺が出したなまえの手を触って。こうして名前を口に出したのはこれが初めてだったが、すっかり眠っているなまえには届くはずもない。
よだれでも垂らしてくれていたら心臓は静かだったんだろうけど、想像したらもう笑えるしそれはそれで困るかもな。

「ん〜……あれ、もうお風呂上がったの?」
「とっくにな」

 触れていた手をそのままにしていたら、なまえの指に捕まり、またすぐに瞼が下りてしまいそうな瞳がとろりと俺を見ているだけで秒針の進む音が耳に届かなくなった。

「なまえ」
「……初めて呼んでくれた」
「ああ」

 嘘、本当は2回目だ。起き上がろうとしていたなまえは黒目を揺らし、起き上がる速度を遅め、ゆっくりこっちに手を伸ばす。

「髪下ろしてるの、初めて見た」

 頭に乗った手が、くしゃりと髪を触る。言われてみれば確かにそうだ。初めてかもしれない。

「眠いんなら、このままこっちで寝ても良いけど」
「繋心くんは?」
「隣で寝る」
「隣って……ここ?」
「んなわけねーだろ。隣の部屋」

 からかうように言ったなまえはへらりと笑いながら俺の布団に寝転がると、枕の下に手を入れ、丸い目で見つめながらもう片方の手でちょいちょいと手招きをしてきたものだから、さすがにびっくりして固まった。

「あったかいよ〜、お布団の中」

 こいつ、親もいるってのを頭において俺に向かってこんなことをしてるんだろうか。もしそうなら胆が座りすぎだし、オープンすぎる。

「お前なぁ、」
「……ちょっとだけもだめ?」
「ほんとにちょっとだけだからな」

 一往復たらずのやりとりで、思ったことは覆されて。ため息混じりに、俺はつくづくなまえに弱いのかもれしないと思った。引き込まれた手に連なるように体を布団に入れると、体温で暖められた布団の中は本当に暖かかった。それと、なまえの匂いがする。

「やべ、このまま寝そう」
「……うん」

 数秒見つめ合って、なまえの体を引き寄せながらくっついて。幸せだと思った。自分でもすげぇ驚くくらい。

「俺、お前のこと好きだわ」

 考えなしに言葉が出て、引っ込みがつかなくなる。なまえに対する自分の気持ちを本人に対して口に出したのは初めてだった。
 付き合っているのだから当たり前に聞こえることも、俺となまえから見れば大きな変化で、俺たちに限らず当たり前や普通なんて実は存在しないのかもしれない。

 俺の顔を見ようと腕から逃れようとするなまえには絶対に顔を見られたくない。きっと情けない顔をしてるに決まってるからだ。
 逃れようとするなまえと、それを阻止する俺。気付けば腕の中から笑い声が漏れはじめ、手を緩めた隙に顔が上がり、笑みを浮かべたままのなまえが口を開いた。

「私も、繋心くんのこと好き」

 枕の下に手を入れる癖とか、名前を呼んだら嬉しそうにすることとか、キスをもういっかいとか言ってねだるところとか。あ〜〜、今日はなんもしないけど。しないけど。やっぱ、うっかり同じ布団で寝落ちするくらいならギリギリセーフだと思いたい。