空とソーダと水曜日

 雲が空を静かに泳ぐ。初めて降りた各駅停車の駅は思ったよりもお店があったけれど、遊んだり時間をつぶしたり、デートをするようなお店はあまりない。昨日の会話の流れで来てみたものの、やっぱり駅ビルのあるあの駅でもよかったかもしれないなんて思った。

「席空いてないですね」
「とりあえず持ち帰りにする?公園あるよ、すぐそこに」
「公園でさつま芋ラテ、めっちゃ秋じゃないですか」
「そーか?」

 笑う花巻さんをよそに、レジのお姉さんに順番を呼ばれて注文をする。先月までは新作フラペチーノが出ていたけれど、今月からはホットメニューを売りに新作を出していたから、冷やし中華始めましたの張り紙がなくなっていたのと同じくらいには秋を感じる。

「お待たせいたしました〜、さつま芋ラテです〜」
「ありがとうございます」

 高めのカウンターから商品を受け取ろうとすると、花巻さんは両手でひとつずつドリンクを持ち、いこ〜なんてゆるゆると呟く。

「あちーから持ってたげる。みょうじさんこぼしそうだし」
「そんなそそっかしくないですよ」

 きっと、数日前に私が自販機で買ったコーヒーがやけどしそうなくらい熱くて、ハンドタオルをかませて持っていたのを目撃されたのが原因だろう。信号が青になるのを待っている間、花巻さんはいつもここを通ってるんだなーとか、今日はいつもよりもオフっぽい雰囲気あるなーとか、思いながら花巻さんをこっそり見ていたら、目が合う。そして、良いのか悪いのかわからないタイミングで花巻さんのスマホが鳴る。

「うお。なんか電話きた」

 そして良いのか悪いのか、信号も青になり、とりあえず立ち止まったままでドリンクを受け取ろうとすると、腕を持ち上げた花巻さんは、口を開いた。

「みょうじさん、手塞がってるからスマホ取って。多分ポケット」
「あ、はい」

 言われるがままにスマホをポケットから出し、画面を花巻さんに見せると、なんだ、と呟く。

「いいわ、どうせラインくるだろ」
「別に出ても」
「嫌だよ。みょうじさんとデートしてんのに」

 青信号が点滅して、平日のせいか車通りのない駅前の短い横断歩道を渡ると、渡りきったところで信号は赤に変わり、電話も切れた。それなのに私の心臓は、うるさいままだ。

「みょうじさん、こっち」

 左に曲がってすぐ、公園の入り口がある。遊具は滑り台くらいしかない公園のせいか、人はいなかった。
 ベンチに並んで座り、色付きだした葉を眺めると、花巻さんはゆるりと笑いながら私に「いただきます」と言って小さな飲み口に口をつける。

「うん、あー、すげー芋」
「あはは、そのまんま」

 小さな飲み口から香るゴマとさつま芋の香り。木についたままの葉がカサカサ音をたてれば、夏なんてとうに昔のことのようだ。

「そういえば花巻さんのおうちって、駅から近いんでしたっけ?」
「うん、5分くらい」
「ちかっ」

 私とは大違いだ。そんなことを思いながらけらけら笑っていると、花巻さんは困ったように私を見る。

「……来てもらってなんだけど、この辺デートするような店とかないからさぁ。電車乗って別のとこ行くか。散歩くらいしかできないからさマジで。どーする?」

 道の途中に何かがあっても、なくても。別にいいや。

「じゃあ、散歩しましょうよ」

 どこ行こっかなーなんて言いながら駅の反対側に体を向けた花巻さんを見ながら。もしも、ここみょうじさんと歩いたな、なんて思い出してくれることがあれば嬉しいなって思う。

 公園を出て歩き始めても、すれ違うのは私たちのように散歩しているおじいちゃんやおばあちゃんが時々いるくらい。忙しなく進む車もなくて、裏道は駅前よりものどかだ。狭い歩道のせいか、花巻さんの指がちょんと私の手にあたり、様子を伺えば花巻さんは目を細める。 

「駅前はちょこちょこお店ありましたけど、一本道入ると住宅街ですね」
「だろ」
「こっちなんかありそう」
「そっちは俺ん家の方」
「あ、そうなんだ」
「行ってみる?」
「はい」

 手繋がないんだ。なんて思っているうちに空返事をして、道路を渡る。初デートがおさんぽなんて、可笑しいなぁ、なんて思うけど結局のところ相手が誰かがいちばん大切なんだろう。だって、花巻さんといるだけで楽しいと思えるのだから。
 しばらく歩くうちに嫌な予感がしていた。かかとがじんじんする。こっそりかかとに意識をやれば、おろしたての靴のせいで靴ずれを起こして、じわじわと痛みが続く。 恥ずかしい。気付かれたくない。うかれて慣れない靴履いてきたなんて。

 着いたよーとのんびりとした声に顔を上げると、さっきまでかかとに視線を送っていたのに気づいたのか、大丈夫?と問い、視線を下ろした私の視界に入ることなく静かに口を開いた。

「靴擦れした?」
「……なんで、気づいちゃうんですか」
「ちょい前から歩くのゆっくりだなって思ってたし。絆創膏持ってる?」
「たしか、ポーチに」
「とりあえず上がりな。痛いだろ」

 ぐるぐると頭の中が騒がしい。上がろうとしていたわけでもないし、きっと花巻さんだって家に上げようとしていわけでもない。だから余計に心臓がうるさくなる。
 手を引かれて、階段をゆっくりのぼって。部屋の鍵を開けた花巻さんの無言の合図みたいなもので部屋に入ると、後ろで鍵がかかった音がして。
 少し散らかった部屋が、お互いの予想外であることを示しているように思えた。