ずっとここは午後3時

 輪切りにカットされたイカは綺麗に丸をつくり、ムール貝が存在感を放ち、海老はプリッとした弾力がありそうなのを見た目から醸し出している。
 くるくるとフォークでうっすらとピンクの混じったトマトソースが絡んだパスタを口に運ぶと、鼻から魚介の香りが抜ける。溜め息ものだ。そうして舌鼓を打っていると、たっぷりと氷が揺れる音が聞こえた。

「幸せそうな顔で食うねぇ」
「すっごく美味しいです。やっぱりオシャレなお店のパスタは最高ですね」
「ははっ、お冷やのおかわりいる?」
「ありがとうございます。いただきます」

 私の言葉を聞ききってから、グラスを持ち上げてピッチャーからお水を注ぐ花巻さんの姿があまりにきまっているものだから、様になるなぁ、なんてこっそり思うと、至極普通に視線が混じる。

「ん?」
「いえ、」
「そう。ごゆっくりどーぞ」

 離れていく背中は私よりも広くて、すっきりとしていて、しなやかだった。パスタを食べきってひと息ついていると、お皿を下げてくれたアルバイトさんが紅茶とフルーツタルトと共にまた現れ、目の前に置かれる。

「お待たせ致しました」
「ありがとうございます」

 お辞儀をして去っていく姿を見て、フルーツタルトに視線を注ぐ。つやつやのフルーツに、タルト生地の上に満遍なく敷かれたカスタードクリーム。こんなの美味しいに決まってる。

 ポットから紅茶を注ぐと、砂糖をひとつだけ落とす。ティースプーンでくるくるとかき混ぜている間も乗っているフルーツを見れば、甘みの強いものと酸味のあるものがバランスよく配置されていることに気付いた私は目がキラキラしていたかもしれない。

 8分の1にカットされたタルトの先端にフォークを刺すと、いちごにカスタード、順々に下へ沈み、タルト生地の部分がサクッと良い音を立てた。
 目の前にあるショッパーが良い感じに雰囲気を引き立ててくれ、まるでここは午後3時のような、そんな気分だ。口いっぱいに広がった甘みに酸味が加わり、食感も次第に変化していく。紅茶をひと口飲み、次はブルーベリーの乗ったあたりをひと口食べれば、さわやかな香りがする。

 これをお店で食べるか、家で食べるか。きっとそれは大きな違いだということをひしひしと感じていると、隣の席でオーダーをとっていた花巻さんが私をちらっと見て笑った。




 おなかいっぱい。心も満たされ、席を立った。私がレジに向かうとアルバイトの子が動こうとしたけれど、どこからともなく現れた花巻さんはやんわりと彼女になにか告げてレジに向かう。

「大丈夫ですよ、私のことそんなに気にかけてくれなくても」
「でもほら。誘った身だろ。俺」
「変なとこ律儀ですね」
「まーな」

 本当に気にしなくていいのに。そう思う反面、嬉しさはもちろんあった。お会計を済ませる間、カウンターに置かれたクッキーを見れば、可愛い袋に包まれ、色んな種類が何枚か入っている。2回目の休憩にちょうど良さそう。そう黙って考えていると、おつりを手にのせてくれた花巻さんは言った。

「タルト、うまかった?」
「すごい美味しかったです。次は違うケーキ食べに来ようかな。教えてくれた子誘って」
「あ、前に来てくれた子か。その店の子だよな?」

 花巻さんの目線の先にはショッパーがあり、私は頷く。忘れかけていたチクッとした胸の痛みがする。ああ、いやだ。いやだいやだ、こんな自分。

「来てくれた時も普通に挨拶しただけだけど」
「そう、なんですね」
「見たことあるな〜くらいだったし」

 すうっと口に出された言葉は、私の耳に入り、溶けた。府に落ちたというべきだろうか。よくよく考えれば彼女だって言っていた、挨拶してくれたと。

「ごちそうさまでした。また来ます」
「うん」
「じゃあ。お先に失礼します」
「お疲れ……あ、」

 財布を鞄にしまい、顔を上げると、私の顔を見た花巻さんは思い出したように言った。

「今度教えてくんない?」
「……ビルのことか何かですか?」
「いやいや、みょうじさんの連絡先」

 こっそり、まではいかない。静かに淡々と、当たり前みたいに口にされた言葉に私は返事をする。いいですよって。

「もうひと頑張りするか〜」

 小さくお辞儀をすれば、花巻さんは小さく手を上げてくるりと後ろを向く。従業員用通路へと続く扉を開け、ガチャンと音がすると、ちらりと見えた腕時計の針は7時半をまわっていた。まだ気分は心踊る午後3時だというのに。