煌々と笑む
きらりと一瞬光ったフクロウのような瞳が瞬きをしたあと、すぐ下の唇が弧を描いた。それは、木兎がなまえを初めてみた瞬間の出来事だった。
「名前なんつーの?あ、俺は木兎!木兎光太郎な!」
いつもは乗り換えでただ通り過ぎるだけの駅で立ち止まり、クエスチョンマークを浮かべるなまえに木兎はグイグイと前のめりに名前を聞くと、歯を見せて笑う。
「なまえな!覚えた!」
「木葉、あの」
「もう諦めた方がいい、みょうじ」
「……それって、」
木葉はこの時、結末をわかっていたのではないだろうか。同じ中学であるなまえと木葉が、久しぶりと声を交わし始めた瞬間から。黙ってなまえをじーっと見ていた木兎の瞳がきらりと光ったのを横目で見て、こりゃもう詰んだな、と思ったのだから。
「なまえ!」
「あ、はい」
「タメだろ〜!敬語はいいって〜」
「……うん、なに?」
「彼氏とかいんの?」
「……ぶっ!!!コーラ吹き出すところだったろ!」
今まさに、自販機で買ったばかりのコーラを吹き出しそうになったのは木葉であるが、それよりも、だ。
木兎は遠回りをするということを知らない。好きなものは好き、好きじゃないものは好きじゃない。やりたいからやる、やりたくないからやらない。己の意思は脳でじっくりと考えられることなく、言葉や行動に出るタイプだ。
つまり、一目でなまえを気に入った、ということ。さらに言えば、一目惚れをした、ということ。
東京のとある駅の構内で、突拍子もなく何かがスタートしたのは間違いない。観念したように、居ないよ、と言ったなまえに対し、木兎は言った。じゃあアドレス教えて!と。なまえは目をきょろきょろ動かして、肩にかけていたバッグの持ち手を掴む。木兎や木葉とは違う紺色のスカートが揺れて、木葉に視線を送れば、諦めろとでもいいたげな哀れみの表情が浮かんでいる。
「あの、でも急に」
「じゃあ今度どっか行こーぜ。あ、この後でもいいな!俺どーせ帰るだけだし!」
この調子ではふっと視線をそらしている間に昔話のなんちゃら太郎みたいにあっという間に時間が過ぎてしまっているかもしれない。そう思ったなまえはきれいに磨かれた鏡のように時折きらりと光る瞳に向かって口を開いた。
「あの、木兎くん」
「んー?」
「ちょ、ちょっと。落ち着いて……」
目の前で忙しく動く手の首を思わず掴んだなまえは下にぎゅっと下ろさせてそう言う。俯き気味だったなまえが顔を上げれば、さっきまで忙しく動いていた口がぴたりと閉じて、捕まれていた手首を見たまま固まっている。
「……な、」
「な……?」
「なんだよ〜!そのかわいーカオは!」
「かわっ、え、だ、全然そんな」
「いーやいやいやいや。俺が言うんだから自信持っていーの!」
これは、口説くとかそういうレベルじゃない。なまえはそう思った。目の前にいるひどく距離感の近い木兎という人間は、本能のままというか、裏も表もそもそもないのかもしれない。
「……は、早くない?ほんの数分前に会ったばっかりなんだけど、ほらまだ、」
「多分、」
「……」
「まず顔が俺の好みなのかもしれない」
真剣に考える様子の木兎から出てきた言葉にぽかんとしたなまえは、なんならちょっと楽しくなってきて。眉を下げて笑えば木葉が、ほらな、なんて表情をした。
『2番線に電車が参ります。駆け込み乗車はお止めください』
駅員のアナウンスが響き、人は駆ける。木葉はタイミングをみたように手をひらひらさせ、じゃあお先に、なんて言ったものだから、なまえは慌ててそちらを見ればプシューと音を立てて扉が閉まった。ちなみに、木葉は駆け込み乗車はしていない。ゆっくりと車輪がまわり、走り出した電車を見送ると、なんともないことみたいに共に電車を見送った木兎がなまえを見て言った。帰ったなぁ、なんて呑気に。
「もう帰るだけだったの?」
「そーそー。たまたま部活休みだったから」
「そうなんだ」
「なまえは?部活とかやってんの?」
ベンチに座った木兎が、隣をぽんぽんと叩く。まー座んなよ、なんて。どこかに行こうという誘いはなんとなしに流れたが、数本電車を見送って、何にも知らないお互いのことを話した。
「なまえのとこって女子高だよな?」
「そうだよ」
「やっぱ中学とは全然違うの?」
「共学との差ってこと?」
「そーそー」
「うん、別世界だね」
「はー!別世界か〜」
「……あっ、もうこんな時間」
「もう帰んの?」
「う、うん。そろそろ」
駅の時計をみたなまえは、思い出したように立ち上がった。駅に長居するのもどうかと思ったし、なんとなくタイミングを逃さないように長い針が真上にいったら帰ろうと心の中で決めていたからだ。
「木兎くん、ありがとう。楽しかった」
「おー、俺も〜!また話そーぜ」
「あ、のさ」
「……忘れるとこだった!なまえ、アドレス!教えて!」
「……う、うん」
うまく声がでないままもごもごしているうちに、木兎に易々とそう口にされれば、なまえはほっと胸を撫で下ろすと同時に後悔のようなものが混じる。私も言おうとしてたんだよ、なんて。
「じゃあまた、今度」
「おー!今度はデートしようぜ!」
びくっと肩が上がり、眩しいほどの笑みを見て。手を振って私も電車に乗れば、時間通りに扉が閉まった。
ぶんぶんと手を振る木兎が持ち上げた携帯を指さしてにいっと笑えば、なまえは思った。後ろ髪を引かれているのは自分の方かもしれない。
キーワード : 木兎、一目惚れ、他校
モドル