きび砂糖ほどには


 洗濯物を取り込んで、ベランダで風を受ける。網戸を閉めて部屋の中を見れば、小さな小さなベビー布団から盛大にはみ出す足と時折動く親指が視界に入る。
 もう少し子供が大きくなったら色々出掛けたりできたらいいね、なんて会話をしたのは最近だからオフの今日も家でのんびりしているけれど、こうしてただただ3人家で時間を共にするというのもなかなか贅沢なことだと思う。

 小さく、規則正しい寝息が響き、とんとんと動かす手をそーっと引っ込める繋心くんの手はすこしぎこちなくて、その光景すべてがあまりに愛しくて笑ってしまいそうだった。
 柔らかくて色素の薄い眉毛は、真っ直ぐなところが繋心くんにそっくりだと散々周りに言われたけれど、いまだに家族で外に出れけば、パパ似ね、なんて知らないマダムに声をかけられるのもざらだ。

 ポケットにしまっていたスマホを取り出してうとうとする繋心くんと息子のツーショットを撮ると、部屋にシャッター音が響き、繋心くんの瞳がゆったりと持ち上がって。ちょっとだけ眉をしかめて、繋心くんは私をじっとりと見る。

「……俺達の寝顔は高ぇぞ」
「えー、家族割引とかあるかな」
「冗談だよ」

 知っていたけれど。たまの繋心くんの冗談はなかなかに貴重だと思うのでノッてみた。かさついた瞳でほほを上げる繋心くんはいつもよりも柔く笑っていた。
 暖かい陽が入り、風が吹いて。小さな寝息がひとつだけ響く。ただそれだけ。乾いた洗濯物の入ったかごを置いて息子をはさんで寝転がれば、透き通るような瞼を2人で眺める。

「ねぇ」
「ん、」
「かわいいね」
「ああ」
「繋心くんと私の子だから可愛いに決まってるんだけどさ」
「……親バカか」
「あはは、そーかも」
「でもまぁ。 ずっと見てられるな」

 ちょろりとまだまだ薄い髪を繋心くんはふわふわと触る。とても愛しそうに。目が合って、へらりと笑えば、繋心くんも目を細めた。生成色の布団カバー越しに見えた洗濯かごをみて、のそのそと起き上がる。洗濯畳まなきゃって。


 タオルを畳みはじめたら繋心くんも近くにやってきて、なにも言わずに洗濯物を畳み始める。ちょっと前まで小さいと言いながら畳んでいたカバーオールはとうに見慣れたみたいで、もう何も言わないけれど。すっかりお父さんになっているということなのかな。

「良い天気だから布団干してもよかったかも」
「今から干せば?」
「うーん、めんどくさい」
「……そーかい」
「明日。明日天気良かったら干すよ」

 まだお昼過ぎとはいえ、せっかく洗濯関係がひと仕事終えたところだ。これを理由に明日に回そうと思う私はずぼらなんだろうか。干すだけなんだけど、でも明日でもいいか。やっぱり。息子の肌着を畳みながらそう思ったけれど、これは性分なので仕方がない。陽に照らされながらぐるぐると色々考えたけれど、そのうちに繋心くんが立ち上がり寝室へ向かう。

「昼寝?」
「いや。布団干して、たばこ」

 やってやったとか、そういうことをアピールするような人じゃないけれど、こういうときに染みるのだ。繋心くんの不器用な優しさが。

 結婚をして恋人が夫婦になった。子供が産まれて、夫婦が家族になった。書類の上や、周りからの認識では私達はどんどん形を変えていく。それは世の中では当たり前で、受け入れざるを得ないものだ。
 だけど、ずっと私達は友達のような恋人のような夫婦だった。規則正しく寝息をたてて眠る彼の親である前から。喜ぶべきか、今もそれは全く変わらないまま。私はこの関係をおじいちゃんやおばあちゃんになっても変わらずありたいと思うくらいに好きだけど。

 畳んだ洗濯物をしまってベランダに出ると、たばこを手にもったばかりの繋心くんを眺める。

「どした」
「布団ありがと」
「おう。取り込むの忘れないようにしないとな」

 まだ人肌ほどにも温まっていない布団。私の旦那さんは本当にかっこいいなぁ、そう頬を預けながら繋心くんを見て思えば、火をつける前のたばこを持った繋心くんの唇が数秒だけ重なって、離れていった。

「私、そんな顔してたのか」
「してたな」
「……ばれたか」

 けらけらと笑って、煙草に火をつけた繋心くんは煙を吐き、人通りのない道を見下ろす。

「欲を言えばもう1回してほしかったけど」
「もう遅いわ」
「じゃあ手繋ご」
「ん、」

 上を向いて置かれた手のひらを見て、繋心くんの顔をじーっとみて、それから指を絡める。白砂糖のように甘くはないけれど、私たちにとっては十分なものだ。

「いつかあの子も繋心くんみたいに立派に成長するのかな」

 返答がない繋心くんの顔を見れば、何やら難しそうに眉間にしわを寄せて言葉の意味を考えているようで、思わず眉を下げて笑う。

「押し付けるわけじゃないけどね。繋心くんみたいにかっこいい大人になればいいなーとか思ったりするんだよね実は」
「別にかっこよかねーだろ」
「なに言ってんの。かっこいいでしょうが」
「……そりゃ、どーも」

 その照れた顔だって、見た目よりも包容力のある手だって。何もかもが私にとってはかっこよく、愛しく思える。絡んだ指がゆっくりと擦れて、まだ遠い未来を思い更ける。

「俺は、どっちかっつーと」

 はーっと息を吐く繋心くんはたばこを持った方の肘をベランダに立てて、私をみて口を開く。

「なまえみたいに育ってほしい」
「……それはちょっと心配」
「お前が言うなよ」

 可笑しそうに笑い、捕まったままの手を見つめ、優しい声で続けた。

「幸せな人生なら学歴とか仕事とかなんでもいいな。お前みたいに、楽しめてるなら」

 返す冗談も、適した言葉も浮かばなかったけれど。繋心くんに言ったら今の私のように口を紡いでしまうような言葉だけはひとつだけ浮かび、内緒にした。

 私が今人生で一番幸せなのは、私だからじゃないよ。繋心くんと一緒だからだよ、と。

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モドル