スローワルツ / 嶋田視点


 知ってる。この感じ。青く、懐かしい感じ。

「嶋田さんっ」

 嬉しそうに少しだけ笑ったあと、隠すようにうつむく。恥ずかしそうに耳に髪をかけたみょうじさんが俺に抱いている感情を、俺は知ってる。

「コーチが嶋田さん着いたって言ってたので」
「もしかして繋心が行けって?」
「あ、えと、そうじゃなくて……とりあえずコーチに言われた訳じゃないです、ね」

 みょうじさんは隠すつもりがあるのかないのか、正直わからない。そもそも、いい年になったって女心はよくわからない。ましてや、10も下の女子高生の気持ちなんてもっと。

「みょうじさんとはあんまり久しぶりな感じしないな」

 なるべく普通に、変に気負わずに。そんな風に思いながら何気ない話をする。何度来たって懐かしい校舎はいつだって10年前を思い出すし、楽しかったことも苦しかったことも思い出す。

「別に偉くなんかないですよ」 

 隣にいるのはバレー部のジャージを着たみょうじさんだけど。俺は、違う。
 この子は少し大人びているけど、俺からしたらやっぱり女子高生にしか見えなくて。向けられる視線はやっぱり好意を含んでいて。ああ、もう。だからって意識しないのは無理だ。

「私は大学進学の予定ですね」

 確かに。そうだよな。これから大学なんだもんな。今学校に好きな奴がいなくたって、大学に行けば男なんて山ほどいるし、向けられる気持ちも変わるんじゃないかな。

" もし俺を好きなら、やめた方がいいよ "

 頭にそんな言葉がよぎって、口にはしなかった。その理由はきっと、みょうじさんが傷つくかもしれないことと、咄嗟に押し込めた自分がいたことだった。






 いつもお世話になっていた先生はすっかりおじさんになっていた。あのときは新任だったのに。まぁ、俺も若い子からみたらおじさんになってるんだろうけど。
 子供が小学生になったとか、しばらく話し込んでから職員室を出ると、スニーカーを履く。この下駄箱も変わんねーな。

「……ん?」

 校庭の砂をならしながら門へ向かえば、さっき別れたばかりの姿があって、小さな背中に近づく。柱に手をつき、きょろきょろと道路を見て、がくりと肩を落としているのは、間違いなくみょうじさんだ。大きく息をする肩が上下していたから、走ったんだろうか。

「みょうじさん?」

 声をかけると、ビクッと肩が小さく揺れて、振り返った顔は赤かった。走ったからなのか、そうでないのかはわからないけど。

「……もう帰ったのかと思いました」
「どうしたの?こんなところで」
「タオル忘れてたので間に合ったら届けようと思って」
「わ、すっかり忘れてた!ごめん。ありがとね」

 忘れたことも気付かなかったなぁ。なんて思いながらタオルを受けとれば、若くて青い、まっすぐな視線が俺に送られて、心がじりじりと焦がされているような感覚になる。

「ひとつだけ質問してもいいですか?」

 うやむやにしようとした空気をみょうじさんが引き戻して、恥ずかしそうに後ろに手を組んだ。伏せられた睫毛が長くて、赤みの落ち着いてきた頬をみていたら、唇が控えめに動く。

「嶋田さんは恋人とか、いますか」

 大人の変な駆け引きとかじゃない、こういうの。すごく久しぶりだ。高校生以来だろうか。こんな、こっちまで照れてくるむずむずとする空気。
 意を決した瞳はきらきらと輝き、それを見て思わず人差し指で頬をかく。そうでもしないと、宙に浮いた手が落ち着かないような気がしたのかもしれない。

 みょうじさんの瞳は変わず俺に向けられていて、きっとこれは答えないと終われないな、と観念して正直に質問に答えれば、まるで花が咲くみたいにぱっと向けられた笑顔がやっぱり俺には眩しくて。

「……やっぱり、早く卒業したいなぁ」

 羨むような瞳に変わり、どこか遠くをみて。予想する言葉を口にされないことが、もしも俺を思ってだとしたら、みょうじさんはやっぱり大人びているんだろうな。俺の単なる自惚れの可能性もあるけど。

 いや、それならそれでいい。なんなら、世間一般で言えばそっちの方が良いに決まってる。

 ただ、想像するようにみょうじさんが呟いたその言葉は俺にとってはものすごく強烈で、えっ、なんて無意識に声を漏らせば平常心なんてあっという間に吹き飛んでしまいそうだった。

「そんなに早く卒業したいんだ」
「というか、早く大人になりたいです」

 うつむいて、髪を耳にかけて、顔をあげた。最近気付いたけど、これはみょうじさんの恥ずかしい時にやる癖だ。多分だけど。みょうじさんがどんな子なのか知るたびに、好意を向けられる度に、思うことがあった。俺の中だけで、そっと。

「嶋田さん、」
「なに?」

 告白でもされそうな空気に身構えて、それはないな、なんて思う。みょうじさんの純粋な瞳の奥が少し大人なのを、知っているからかもしれない。

「大学合格して、ちゃんと卒業もしたら。お祝いにひとつだけお願い聞いてくれませんか?」
「俺?」
「嶋田さんしか叶えられないお願いなんで」

 みょうじさんの晴々とした表情ときたら、もう。向けられる俺の身にもなってほしいもんだ。長い睫毛は上を向き、不覚にも心臓がドクドクと音をたてる。
 意識してないんだろうけど。このタイミングの上目遣いは、ダメだろ。

 心の中でガラガラと何かが崩れていきそうになるのを抑えて思う。結構必死なんだ、俺だって。

「……わかった。じゃあ卒業したら、改めて聞くよ。それでいいかな」

 まだあどけない、汚れを知らない瞳が笑い、頷いたのを見て。不覚にも心の中だけでまた思ってしまったことは、内緒だ。まだ、今は。


キーワード : 嶋田さんにバレー部マネが片想い × 想いに嶋田さんは気付いてる



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