休日の青椒肉絲
スマホで調べたレシピ通りに片栗粉でまぶした肉を炒めながら、合わせ調味料を確認する。オイスターソースと、しょうゆとみりんと酒。あと砂糖もか。……それよりも、ちょっと。
「……そんなじっと見なくても」
「気、散る?」
「じゃあ大地はラーメン作る?」
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事の発端は、私の一言だった。先週やっていたグルメ番組で、ベテランレポーターが醤油ラーメンに青椒肉絲をのせて食し、目を飛び出しそうになりながら美味しいと言っていた。それがあまりにも印象深くて、大地に電話で言ったのだ。
『テレビでやってたんだけど、醤油ラーメンに青椒肉絲かけると美味しいんだって』
次は私の家で夕飯でも食べてのんびりしようか、なんて言っていた矢先に言ってしまったものだから、その瞬間から大地の口はすっかり青椒肉絲のせ醤油ラーメンの口になったらしい。
「お湯沸いてきたね。ほうれん草とかあるけど入れる?」
「お、いいね。ネギある?」
「ラーメンのネギは欠かせないよね」
CMさながらにフライパンから流すようにお皿にいれた青椒肉絲は片栗粉でとろみがついているおかげかつやつやと光っている。
「においで白米進みそう」
「あはは、食いしん坊的発言」
「あながち間違ってないな」
「……味見する?」
「す……しない」
あ。今、するって言いかけた。けらけらと笑って大地を見れば、冷蔵コーナーにあるちょっとお高めのラーメンの袋を開けて生麺を鍋に入れるところ。視線が合って、ちょっとむっとしたけれど、麺をほぐしながら入れる手つきは見事である。
麺がくっつかないように時々菜箸でくるくると混ぜながらこちらを見た大地は、湯気の立ち上る青椒肉絲にちらっと視線を送って言う。
「青椒肉絲、初めて作ったんだっけ」
「うん。初めて。まるっきりレシピ通り」
「でも、初めての出来じゃないな」
「何点?」
「そうだなぁ。100点……おまけして120点かな」
「判定甘くない?」
「どこが。恋人加点は20点だけよ」
「やっぱ甘々だ」
いつものことだろ、と笑う大地は腰に手を当てて、鍋に視線をやったまま。一生見ていられそうなその姿を独り占めするこの時間はあまりに贅沢なものだった。
「……米ある?白米。冷凍とか」
「そう言うと思って炊いておきました」
3合炊きの炊飯器を指差すと、大地はそちらへ視線を送って、目をきらきらさせる。だって、大地がいっぱい食べるのはとっくに知ってたし。正直、おかずはあんまり考えてなかったんだけどね。
育ち盛りの息子を支えた大地のお母さん、大変だったろうなぁ。
「麺、何分だっけ」
「ん?3分。いま2分」
ざるを出してお皿を用意すると、お茶でいい?と聞きながら自分のお茶を入れ、頷く大地を見てからローテーブルに置いてあった大地のグラスを持ってきてお茶を注ぐ。
「……ずっと思ってたんだけど、大地って普段から料理するの?」
「なんで?」
「ラーメンひとつにしたって手際がいいっていうか」
「いや、ラーメンは大抵の男が作りなれてると思うけどな」
みんなで集まったときとかは唐揚げとか作ったりするかな、という発言に私はびっくりである。この世に自ら進んで揚げ物をする男性がいるなんて。
「よし!湯切り!」
「ラーメンに対してのやる気がすごい」
「ラーメンは時間との勝負だぞ」
ちゃっちゃと湯切りをした大地はとてつもなくいきいきとしていて、ぼーっとしている間にスープに麺を入れると気持ち程度に刻んだネギをかけローテーブルに運ばれていく。
「なまえ!青椒肉絲!」
「いま持ってくー」
テーブルに並んだラーメンと青椒肉絲。スーパーで買った漬け物は箸休めにちょうど良さそう。
「じゃ、いただきまーす!」
「いただきまーす」
左手で箸を揃えて持ち上げてから右手を下から添えるように箸を持つ一連の流れを見ながら、こういう要所要所からきちんとしてるのが垣間見えると自分もちゃんとしなきゃなんて思う。青椒肉絲と麺を一緒に掴み、一旦スープに沈めてから上に持ち上げて、勢いよくすする。完璧なラーメンを食べる動き。CM出れるでしょ、大地。
「……うんまっ」
「最高?」
「最高!食った?」
あまりにも美味しそうに大地が美味しそうに食べるから仕方ない。熱々のスープが絡んだ麺をふうふうと冷まして口に運べば、たしかに目玉が飛び出そうなくらい美味しい。筍のシャキシャキ感。あとピーマンの苦味が良いアクセントで良い仕事してるし、濃いめの味の肉がガツンきて、それがスープの絡まった縮れ麺と相まって最高だ。多分いまの私たち、あのグルメリポーターと同じ顔してるだろうな。
あっという間に青椒肉絲メンを食べ終わると、絶妙なタイミングで炊飯完了のメロディが鳴る。ごはんをよそって大地に差し出せば、取り分けきれなかった青椒肉絲を乗せてそれはもう幸せそうに口に運び、もぐもぐと食べる。大地には絶対言えないけど、ハムスターみたい。
「ビール飲もっかな。大地は?」
「ん、飲む」
ハムスター大地がもごもごとそう言ったので、冷蔵庫から出したビールのプルタブを上げると空のグラスに注ぐ。ちらっと大地の顔を見て、堪えられずに眉を下げて笑うと、食いしん坊、と呟く。それを聞いてビールを喉に流した大地は、あ、と呟いてから唇で弧を描いた。
「次はなまえの食べたいものにしようか。何がいい?」
「……お腹いっぱいで今は思い付きそうにないかな」
たしかに、と笑った大地の顔を見て、唐揚げがいいな、とふと思ったけれど。食いしん坊カップルになりかねないからもう少し経ったら言おっかな。
キーワード : たそがれ澤村 / お家 / まったり / 料理
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