アンブレラ


 上履きを時折鳴らしながら廊下を歩き、教室のドアまであと数メートル。廊下で道宮さんと澤村が楽しそうに言葉を交わす横を通り過ぎれば、嬉しそうに笑う道宮さんを見て、かわいいなぁ、なんて思って。そのままの笑みで澤村を見れば、ばちっと音が鳴ったように少し見開いた瞳と目が合って、笑むでもなく、手を振るでもなく、瞬きを数回して首を傾げて私は教室に顔を向けた。

 風の噂で聞いたことがあるけれど、道宮さんと澤村は付き合っているらしい。本人に確認したわけじゃないから確かではないけれど、お互いバレー部の主将同士で話すことも多いだろうし、本当に仲は良さそうだしわからなくもない。

 カーテンのふくらむ4組の教室に入り、椅子に座る。予鈴が鳴り、道宮さんと澤村が背中を向けたところで、ぴゅうぴゅうとふくらむカーテンに苛立ったクラスメイトが「あー!」と言いながらカーテンを束ねる姿を見て堪らず声を出して笑えば、隣の席の椅子が引かれ、クラスメイトを見ながら椅子に座った澤村がちょうど視界に入った。

「あいつ、何やってるの」
「窓は開けたいけどカーテンは閉めたいんだろうね」
「窓際も大変だな」
「明日は我が身もあり得るよ、澤村」
「それはみょうじもだよ」

 けらけらと笑い、珍しく頬杖をついた澤村が私に向けた瞳は何かを含んだように優しく、熱を帯びていた。ここだけの話、と心の中で言うのなら。期待をさせるような視線だった。期待はしてないけれど、澤村をいいなと思っている子ならイチコロだろうな、きっと。
 そういえば特別気に留めていなかったけれど、道宮さんと話す澤村は、どんな目をしているんだろう。きっと彼女しかしらない顔があるんだろう。

「そういえば澤村って、道宮さんと本当仲良いよね。付き合い長いんだっけ?」

 確認したからどうという訳ではないけれど、なんとなく遠回しに付き合ってるかと伺った。付き合ってるの?なんてはっきりと聞くのはどうかと思い、やんわりと。
ああ、と思い返すように廊下に黒目を向けた澤村は、私を見て言った。

「まぁ、中学からだからな」

 そう、当たり前みたいに、ちょっと嬉しそうに。そっか。中学から。それは長いなぁ。



 きまらない前髪を手櫛でときながら、冷たく、重たい雨を見つめていた。こんな雨が降るなんて聞いていない。少なくとも私は、聞いていない。

「テスト期間に日直なんてついてないよね」
「そうか?」

 シャーペンをノックする澤村が今日のまとめを書いている間、私は机の上で組んだ腕に頬を預け、雨と澤村を見ていた。視界に収まる横顔は、友達の私でさえ見とれてしまうような凛としたものだった。

 ざーざーでも、ぱらぱらでもない。しとしとと降る雨が窓に水滴をつくる。

「……職員室で傘借りれるかな」
「持ってないってこと?」
「うん」
「今日は午後から雨だって予報で言ってたけど」
「昨日の夕方の予報ではくもりだった」
「朝も見なさいよ、天気予報くらい」
「……傘、借りれるかなぁ」

 日誌をぱたん、と閉じた澤村が口を結んで、シャーペンをペンケースにしまう。日誌を持って立ち上がるとかばんを持ち、帰るぞ、と何食わぬ顔で言った。

「私が日誌出してくるからいいよ」
「……じゃあ頼んだ」
「澤村は傘ある?……ってあるに決まってるか。澤村だもんね。気を付けて帰ってね」
「みょうじもな」

 手を振ってさらりと別れれば、私はまっすぐ職員室に向かった。傘、貸し出してくれればいいけど。




 ローファーをぽとりと落とし、足を入れる。さて、どうしたもんかな。傘立てに忘れられた傘をじーっと見て、悪な自分が顔を出してすぐ、ぶんぶんと頭を振った。いやいや、それはさすがに。

 爪先が濡れるか濡れないかほどの屋根ギリギリまで進んで手を伸ばせば、手に乗る雨粒は大きかった。

「……走るしかないか」
「そうくるかぁ」

 柱に寄りかかって堪えられないように笑った人物を見れば澤村で、閉じた傘の先からはぽたぽたと水滴が垂れている。

「なんでって顔してる」
「そりゃするよ。傘濡れてるし」

 少し俯いて、校門まで行ったんだけどさ、と呟いた澤村は言いずらそうに私に視線をやって、黒目をゆっくりと揺らした。

「借りれたか心配だったから。みょうじだって、テスト期間中に風邪ひくわけいかないだろ」

 その優しさを私にくれることは、澤村にとってよいことなんだろうか。道宮さんの顔がちらついて、どうにかするよ、なんて言えば澤村は傘を開いた。

「どうにかって?」
「……まだそれは考え中。それに、」
「それに、なによ」
「道宮さんに悪いし」
「……なんでここで道宮?」
「澤村、道宮さんと付き合ってるんでしょ?」

 カバンから出したタオルで濡れた手を拭き、澤村が頷くのを待ったけど、全然頷く様子なんてない。なんなら、寝耳に水、そんな表情だ。はぁ、と大きなため息をつくと、まっすぐ私を見て言った。

「違う。道宮はただの友達」
「……えっ、そうなの?」
「うん」
「ずっと勘違いしてた」
「でも、好きな奴はいるよ」

 熱を帯びた視線がやってきて、どうしようもなく胸がざわざわと音をたてた。澤村の黒い傘に落ちる雨の音が重く、響く。

" どうして引き返してきたの? "

 思い浮かべた疑問は口にできないまま雨と共に地面に流れていき、どうしようもないざわめきが身体中を駆け回る。

「ほら、入って」

 招くように傾けられた傘の中に入れば、ぶつかる肩が高い位置にあって。見上げた斜め上の表情はなんだかぎこちなくて。少しだけ赤い耳を見て、今まで澤村に対してなかった感情が芽吹いたような気がした。

「やっぱり、訂正しとく」
「……なに?」
「本当は、みょうじが傘借りれなかったらいいなって思ってた」

 万が一、明日のテストがうまくいかなかったら。それは絶対に澤村のせいだと思う。


キーワード : 澤村がクラスメイトのヒロインに片思い、ヒロインは澤村と道宮が付き合っていると思っていて、澤村のことはただのクラスメイトでしかない、切なめハピエン



モドル