キャンプでは絶対に着ないようなワンピースを着て、縁下さんに拾ってもらったピアスをつけ、玄関の近くでスマホを握りしめながらそわそわ。ラインのメッセージ音が鳴り、ポップアップのメッセージに表示された『縁下力』と『着いたよ。』というメッセージを見てすぐ、お気に入りのスニーカーを履けば、玄関の扉をわくわくしながら開けた。
エレベーターで1階に降りると、ハザードランプの点灯している縁下さんの車の後部座席が見えた。なにも考えず小走りで近づき、スマホに視線を落とす縁下さんを窓から見つめれば、あ、と言ったらしい縁下さんが体を伸ばして助手席のドアを少し開けてくれた。
乗って、と促されるまま助手席のシートにおしりを預ける。さすがに見渡しはしないけれど、余計なものが何もなく清潔感のある車内が縁下さんらしかった。逆にごちゃごちゃしていても、それでも納得してしまうような気もしたけれど。
「既読ついてなかったからまだかと思った」
「そっか!そうですよね。ごめんなさい、つい」
「…つい?」
「開くの忘れて部屋飛び出してました」
「…みょうじさん、そんなに楽しみにしてくれてたんだ」
頬を人差し指の爪でかき、ありがと、と言った縁下さんを見てから気づく。自分がへらへらと突拍子もないことを言ったことに。ありきたりだけど、と前置きが聞こえてシートベルトを締めながら隣を見れば、なんだか恥ずかしそうに縁下さんは続けた。
「いつもと違うね」
思いきってよかった、そうほっとしながら思った。縁下さんは茶色いコーデュロイの緩めのパンツに、黒いクルーネックのスウェット、その下には白いシャツを重ね着してスウェットの裾から白を覗かせていた。想像していたよりもラフな意外な服装のせいか、かっこいいが私の中で木霊している。私もそうだけど、やっぱりキャンプは汚れてもいい服を着て、お出掛けの時はお気に入りの服を着る。そういうものなのだと実感した。
この予定が決まってからは内心、デートみたいだと思いながらいたけれど、車に乗って隣を見て運転する縁下さんがいるのを実感すれば尚のことデートみたいだと思った。少しずつ変わり始めている気持ちはまだはっきりしていないけれど、デートだと思えば思うほど嬉しくなる自分がいた。
▽ △ ▽ △
3階建ての敷地の広い建物の外壁には有名なアウトドアブランド名が沢山書いてあり、フロアごとに扱うものが分かれている。とっても大きい駐車場は土日ということもあってか結構埋まっていたのも当然なほどに店内は混んでいて、ファミリーもカップルもソロもこの店内では、一緒くたに見えた。
「縁下さんみてこのガチャガチャ!ミニチュアギアですよ」
「へぇー、このランタン、ちゃんとLED点くのか」
「え〜いつ点けよう」
どうしよう。すでにテンション最高潮になってる。入り口に入ってすぐ、2人でしゃがんで沢山並ぶシュールなラインナップのガチャガチャを端から端まで見て、後ろで手を組みながら端の道を歩き始める。縁下さんが後ろにいるか振り返って確認すると2、3歩後ろで穏やかな瞳が私を捕らえていた。
「欲しいものあるんですか?」
「……強いて言えば、シェラカップとか?」
「強いて言えばなんだ」
「みょうじさんは?」
「私は特にないけど、欲しいものがあったら買おうかな」
手が出せないほどの可愛くないお値段のシュラフのふっかふか具合を楽しみ、縁下さんはずっと欲しかったというランタンが展示品割引だったのを見つけて即決した。テントもピンキリではあるけれど、さすがに千円のテントで寝泊まりをするキャンパーは見たことがない。ここに張られてるテントは比較的高いものが多いけれど、気になっていたものもたくさんあった。ショッピングモールにあるアウトドアショップは大抵多くとも2張ほどしかされていないが、ここは6張りもされていた。
「やっぱり広いですね、2ルームは」
「ね。さすがファミリー向け」
もはやおしゃれな人の家みたいに完璧に配置された椅子に座り、背もたれに寄りかかる。だらだらとおしゃべりをするのを楽しんでいれば、1歳半くらいの男の子が靴をピーピー鳴らして寄ってきた。履いていた記憶にはないけれど、実家に同じような靴があるのを思い出した。母がこれを履かせておけばどこにいるかすぐにわかると言っていたのを思い出しながら。
「……ん?」
周りを見渡すと、お父さんやお母さんらしき人はいない。縁下さんも同じように思ったようで、椅子から立ち上がって2人できょろきょろともう一度周りを見渡した。
「迷子かな」
「とりあえず店員さんに伝えようか」
男の子の前にしゃがんで手を出すと、きょとんとした表情を私にまっすぐに送り男の子は固まった。ふっくらした頬に、濁りのない瞳。小さな手を掴むと、きゅうっと心臓が鷲掴みにされる。これが本当の母性本能ってやつだと思う。それにしても人懐っこい子だなぁ。人見知りとかしない子なのかな。
ピーピーと歩く度に靴が鳴り、店内に響く。縁下さんはきょろきょろと辺りを見回し続け、そわそわしている人がいないかを見ている。店員さんを見つけて声をかけようとした時だ。縁下さんが、いたかも、と声を出したその方向を見た。
「パパほら!いたよ!」
「あっ!」
顔面蒼白の夫婦と、けろっとしているお兄ちゃんらしき子がやってきて、安堵したように男の子を抱き締める。どこ行ってたの〜探したんだよ〜!と、泣きそうな声で言うお母さんに対し、男の子はにこにこしていた。ありがとうございました、と何度も頭を下げる夫婦の隣で、お兄ちゃんが首をかしげながら至極純粋な声色で言った。
「デートなの?」
唐突な質問に、ぽっかりと口を開けて固まるのは私も、夫婦も、もちろん縁下さんもだった。ただ、縁下さんはすぐに考えるように斜め上を見て、静かに考えている。2度見どころじゃない。それを4度見くらいしながら開いた口を塞ぎ忘れていると、下ろしていた買い物かごを持ちながら穏やかな目でお兄ちゃんを見ながら縁下さんは言った。そうだよ、って。