カップラーメン
 キャンセル待ち作戦は、無事に成功した。ただ今回はフリーサイトは借りれなくて、1つの区画サイトを2人で借りることになった。揃ってチェックインの必要はなかったけど、一応時間を決めて待ち合わせをし、今は管理棟でチェックインをすませたところだ。

 車の乗入れはできないキャンプ場を選んだから、回りを見渡せば時折ワゴンをひくお父さんをちらほら見かけるのだけど、一足チェックインが遅れたこともあって、トタン屋根のついたワゴン置き場には1台しかワゴンがない。

 顔を見合わせて、とりあえずそのワゴンを確保すると、ごくごく自然に縁下さんがワゴンを私から受け取り、ゆったりとひいてくれる。ありがとうと言うタイミングを逃すほどに、自然に。

「全部いっきにのるかな?」
「んー、さすがに無理じゃない?」
「2回にわけましょうか」
「そうだね」

 先ず私の車から荷物を下ろし、なるべく沢山積めるようにとパズルゲームのごとく脳をぐるぐると使う。こういうの苦手だな、整理整頓は嫌いじゃないけど、世の中のきれい好きの方よりもレベルは格段に下なのは確かだし。でもボンボンと荷物を乗せて2回で行けなかったら困る。腰に手を当てて考えていると、優しい瞳が私の顔を覗き込み、入らなかったら3回行けばいいんじゃない?とふわりと笑いながら言ってくれる。

 そうか、時間はたっぷりあるんだし、根詰めることないもんね。適当ではないけれど、なんとなく荷物を詰めてみれば私の荷物はワゴンには少し余裕があるくらいの量だった。

「行きますか」
「私、後ろ押しますね」
「ありがとう」
「重かったら言ってくださいね!交代しますから」
「あはは、絶対代わってあげない」
「なんで〜!」

 ほどよく整備された道は、ワゴンをひくにはちょっと大変だった。坂がないからよかったけれど、ちょこっとの段差を越える時は勢いをつけないといけないし、砂利道を通るときは4センチほどの石が喧嘩していたし。

 区画サイトについてワゴンを置いてからダウンを脱ぎパーカー姿になった縁下さんが、いい運動だ、と呟いた。私ならきっと疲れたとかこういう時に言ってしまうのだけど、文句を言うわけでもない縁下さんの姿があまりに心にくるものがあって、もうすぐ蕾をつけそうな気分になる。

「……みょうじさん。あれなんだろ」
「マップに載ってたハンモックポールじゃないですか?」
「あーハンモックかー」

 こういうところがこのキャンプ場が予約の取れないほどの人気の理由でもあるんだろうな。納得。木にくくりつけ、ぎゅっと自分で紐を締め、恐る恐る乗ることがないのだ。めっちゃ楽。さらにはハンモックもレンタルしちゃえば、サイズはぴったりだし、金具をフックにかければいいだけ。説明のときにもらった紙を見ると、ハンモックレンタル、1000円。と書かれている。
 そして、考える必要もないくらいにその一瞬で即決した。借りよ。


▽ △ ▽ △



 お湯を注ぐと、粉状になったものがスープになり、誰もが好きな香りが立つ。自分で作るインスタントとも違う、お店とも違う。お湯を注ぐだけのカップラーメンが一番美味しく食べられるのはきっと、設営を終えてお腹がぺっこぺこの瞬間だっていうことをキャンプを始めてから知った。

 ズルズルズル〜っと麺をすする音が響く。恥ずかしがってる場合じゃない。すっごく美味しいのだから、この一番美味しい瞬間を逃すなんてもったいない。幸い距離も若干ながら離れていることだし。

「あ〜、うまっ」
「キャンプのこのタイミングで食べるのが一番美味しいですよね。カップラーメン」
「わかる」


 今日もとても天気がいい。縁下さんとキャンプを始めてから快晴の日が続いているのは、縁下さんが晴れ男なのか、私が晴れ女なのか、はたまた偶然にも毎回行くキャンプ場に晴れ男か晴れ女がいるか。なんにしたって、今日もよく星が見えそうだ。

 夜にはビンゴ大会があるなかなか賑やかなキャンプ場ではあるけれど、前回のキャンプでラジオ気分を味わっておいたお陰で、今までとの差にびっくりすることはないんじゃないかと思う。

 カップラーメンのごみを片付けた縁下さんが一足先にハンモックへ行き、すっぽりと隠れる。あ、先を越された!なんて思いつつ、型どられたように縁下さんの意外にしっかりした体が布越しに見えて、不覚にもどきどきしてしまった。真上にある空をハンモックの隙間から覗くの、気持ちいいだろうな。楽しそう。いいな。

 ごみを捨て、横から見えなかった縁下さんの姿を一旦覗き見すれば、穏やかな縁下さんの瞳が細まる。

「気持ち良さそう」
「俺、こうやって空の下でハンモック乗ったの初めて」
「私も。お店で試しに乗ったことあるくらい」
「あ、みょうじさん乗る?代わるよ」
「ううん、まだ大丈夫ですよ」

 炊事棟は近いし、水を組むのも簡単だ。タンクの水で2膳のお箸をささっと洗っていると、縁下さんが寝そべったままサイドを目隠しするようにピンと張ったハンモックを下げて私を見て、ごめん、と謝った。

「もー、なんで謝るんですか〜このくらいで」
「寛ぎすぎたかなって」
「むしろそれが嬉しかったんですけど」
「……じゃあお言葉に甘えて。あとお返しは後でコーヒー淹れるということで」
「やったぁ」
「……もともとみょうじさんのコーヒーも挽いてきてたけどね」

 ぼそっと呟いた言葉が耳に届き、さらに嬉しくなった。手が冷たいのに、心が温かい。あまりに心地よすぎて、これが恋なのかなんなのか判断をつけるのはちょっと難しい。この穏やかな気持ちは、憧れにも似ているような気がした。

 優しい人だと知っている。誰にでも優しいとも思えるし、私にだけ見せてくれている顔があるんじゃないかとも思ってしまう。ゆったりと、のんびりと。

 会話が途切れ、またすっぽりと隠れてしまったその姿を見つめながらポケットに手を突っ込み、キンキンに冷えた指先を入れっぱなしのカイロで温めた。