アヒージョとフランスパン
 キャンプ道具一式の入った頑丈なボックスを漁るも、目的のものがない。あれー、どこいっちゃったの。スキレットない〜……あ!そういえば昨日荷物整理してる時に汚れてるなーって思ってキッチンに持ってって洗ったんだった!

 代えが利くもの今日は持ってないんだけどなぁ。どうしよ。がくん、と項垂れ、数秒後にはすぐ立ち直り、すっかり気に入ったらしいハンモックに座って本を読む縁下さんに近づいてしゃがむ。あと1時間もすれば明かりがないと本が読みにくくなる時間になる。火起こしはイベントの後かな。
 それにしたって、なんでフライパンも忘れちゃうかな、私。次からボックスにいれっぱなしにしよう。
 恐らく悔しそうな表情で視線を送る私に気づき、視線を私に向けた縁下さんが私が言葉を口にするのを待ち、一瞬で穏やかな空気が流れた。

「縁下さーん…」
「ん?どうしたの」
「スキレットか小さいフライパンかありますか……?」
「忘れたの?」
「……うん」
「スキレット、ボックスに入ってるから好きに使っていいよ」

 縁下さんのことだ、準備万端で毎回来そうだし、わかってはいるけど、こういうときにひしひしと感じる。ソロじゃない時のありがたみを。

『アヒージョ作るんで縁下さんはフランスパンの調達をお願いします!』

 あんな自信満々に言ったあのときの私に教えてやりたい。スキレット忘れてるよって。

 勝手にとっていいよ、みたいなニュアンスの言い方だったものの、縁下さんはハンモックでくつろぐのを一旦やめて一緒にボックスまで行き、スキレットを出してくれた。

 学生の頃から、縁下さんってずっと面倒見がよかったのかな。バレー部の主将やってたって言ってたっけ。縁下さんが後輩なら、先輩も安心して卒業できたんだろうな。後輩、なってみたかったかも。いや、でも怒ったら怖いのかな。
 優しい縁下さんしか知らないのもいいけれど、一度はそういう面も見てみたいような気がする。でもそれは怖いもの見たさじゃない。縁下さんのことなら何でも知りたいと思うからだと思う。

 アヒージョになる海老の殻を剥きながらテントに向かった縁下さんの背中を視線で追う。本格的に昼寝するのかな、とかぼんやりと考えながらスキレット海老を落とし、縁下さんが本をテントの中に片付ける姿を見届けた。その背中を目で追うことが自然になり、順調に育っている恋のような気持ちが心を占めはじめている。目が合えば、勝手に手のひらに転がるように嬉しくなる。

「7時からだっけ、ビンゴ大会」
「うん。7時〜」
「焚き火やるの後にしよっか」
「ですね、慌ただしくなりそうだし」
「やることある?」
「じゃあマッシュルームスライスしてほしいです」
「了解」

 マッシュルームをスライスする縁下さんの手元は慣れたものだった。マッシュルームだけじゃないんだけど、きのこ類を切るとき特有のまな板と包丁のぶつかる音だけが聞こえるのは、不思議な感じだ。固くもない、サクサクもしない、ぐちゃっと水気を感じる訳でもない。切っている方もだけど、じーっと見ている方も不思議な感覚になる。でもまた加えて不思議なのが、火をいれると水分が出るってことなんだよね。

「手止まってるよ、みょうじさん」
「あはは、考え事してました」
「唐辛子何本いれる?」
「2本だと……多い?」
「種入れなければ大丈夫じゃない?」

 唐辛子を半分にちぎって種を出してからスキレットに入れる縁下さんは鼻唄でも歌いそうなほどなんだか楽しそうで、優しい瞳に収まった私がゆるゆると安心しきった様子で、内心とっても恥ずかしくなった。

 にんにくを入れてからオリーブオイルを入れて、組み立てたバーナーで火を通していく。本当は焚き火をして、その火でスライスしたフランスパンをこんがり焼き目をつけて食べたいところだけど、焚き火は今できない。ビンゴ大会の時間に完全に火の始末ができるかわからないからだ。
 まだ夕方に差し掛かったばかりなのに、外気は十分に冷えてきた。辺りも、薄暗くなって。はーっと息を吐くと、白く煙のように色がつく。

「大丈夫?寒くない?」
「…マフラー巻こうかな」
「そうしな」
「……あ、車にあるんだった。お願いしていいですか?アヒージョの見守り」
「うん。気を付けてね」
「はーい」

 手を振ってサイトを出ると、何を気を付けるんだろうと少し考えた。転ばないように?迷わないように?それとも、変な人についていかないように?色々考えても、何を気を付けるのかはわからなくて、さっきサイトを出る前に聞けばよかったなんてばかみたいなことを考えた。
 息をするたびに目の前が白くなるほど急激に気温が下がっていく12月だというのに、人気のキャンプ場はいつだっていっぱいだ。しかも連休の初日だからか、今日は全てのサイトが埋まっていて、家族連れもカップルもソロキャンパーも。よくあるキャンプ場よりもアミューズメント要素の強いここのキャンプ場を楽しんでいる。

 年中やっているというビンゴ大会に加え、夏は池でスーパーボール掴みをやっていたり。ピザ窯で焼いたピザを販売していたり。子供連れにはもってこいのキャンプ場だと思う。コンクリートで舗装しきれなかった小石が時折じゃりじゃりと音をたてる。駐車場について、車からマフラーを出すと、ぐるぐると首に巻き付ける。ついでに手袋もはめれば、完璧だ。

 私たちの区画サイトに戻ると、縁下さんがダウンのボタンを上まで閉め、中からフリースのネックウォーマーを覗かせていた。アヒージョはグツグツと音を立て、海老は綺麗な赤に変わっている。

「ただいまー」
「おかえり。迷わなかった?」
「……そっちかぁ」
「……ん?」
「いや、なんでもないです」

 まさか、迷わなかった?が気を付けての理由だとは思わなかった。入り組んではいたけれど。

「もう食べられるよ」

 そう言った縁下さんの手元にはもうひとつバーナーがあった。その上には大きめのフライパンが乗っていて、裏返した後らしいこんがり焼けたフランスパンが用意されていた。

 ……なんでそんな完璧なの。縁下さん。