ビンゴ大会
 例えば、花が好きな女の子が道端に咲く花を愛でるのと同じようなものだ。

 そばにみょうじさんがいて、笑ったりむっとしたりする姿を、自然と可愛いと思っている自分がいた。キャンプは共有し合う時間が長い。ただただ飾らず、お互いの自由をさらけ出す時間ばかり。

 抱えていた松ぼっくりを羨ましそうに見るその瞳も、ごく普通に、簡単に思い出せる。あまりに素直な瞳をしていたから、忘れるわけがない。

 はじめてちゃんと会話をしたら、人懐っこい子だと思った。不思議と懐かしいような感じがした。みょうじさんはよく笑うし、いつも楽しそうだし、簡単に落ち込むし、すぐに回復するし。俺の身近に、みょうじさんのようなタイプの女性はいなかったから、余計に新鮮で、魅力的に感じた。

 年を重ねるごとに、大人になるごとに、異性との深い関わりは減っていく。まさか偶然隣にテントを張ったソロキャンパーが女の子で、焚き火に参加してくるなんて思わないよ、普通。

「縁下さん!25番あるじゃないですか、リーチですよ!リーチ!」
『リーチの人は大きい声でリーチ!って言ってくださいね〜!』
「はーい!リーチ!」

 軽快に司会進行をするスタッフさんにアピールするように手をあげてリーチ!と俺の代わりに言う彼女に思わず笑ってその手元を見れば、みょうじさんのビンゴカードは列にならずにバラバラと穴が空いていた。リーチまではもう少しかかりそうな、いいところがあと二つくらい空けばトリプルリーチにでもなりそうな感じ。
 こういうところ。みょうじさんのこういうところ。本当に、いいなって思う。そばにいる、例えば今は俺のビンゴカードがリーチになったのを自分のことみたいに喜んで、時々子供みたいにはしゃぐところ。

 ごく自然な流れで連絡先を交換したものの、きっと連絡をとることもないだろうな、これから先偶然キャンプ場で出くわすなんてこともないよなって、そう思い込んでた。誰だってそうだ、きっと。本当にばったりスーパーで会うなんて思わない。

 冷凍餃子を買うみょうじさんの姿を見て、なんでか疲れがどっかにすっ飛んでいった理由も、嬉しくなった理由も、あのときにはわかっていなかった。

 ソロキャンは気楽でいい。誰の邪魔にもならない。誰にも邪魔されない。自由で、好きなことを好きなときにできる。友人とキャンプをしたり、親戚みんなとわいわい集まってバーベキューをしたりするのとは、やっぱり別物だ。

 ただ、みょうじさんとのソログルキャンプはまた違う。楽しいけど、居心地が良い。お互いに存在を意識しつつ、適度に話をして、一緒にお酒を飲む。
 お裾分けするように楽しかったことを話してくれるし、悲しい話をするときみょうじさんは多分無意識に口を少しだけとがらせながら話をする。
 黙って星を見ることも、自由に本を読むことも、ハンモックに揺られることも、自由ながらに気の利くみょうじさんが一緒だからできることだ。

『次は78番〜!』
「あ!78あった〜!……あはは、急にトリプルリーチだ!」
「お〜すごいすごい」
「トリプルリーチ〜!」
『お!そちらのお姉さんトリプルリーチ〜!』
「……あはは、名指しされました」

 あんなに楽しそうにアピールしたのに、いざ自分が目立つと恥ずかしそうにするところも、また可笑しくて。けらけらと笑いつつ、俺の影にひっそり隠れているのだって、可愛く思えてちゃうんだよ。

 ショップの話題を出したとき。本当は誘おうなんて思ってなかった。正確に言えば、誘うという選択肢はなかった。キャンプ場で待ち合わせして、近くで小さなテントを張ってキャンプをする。
 それがみょうじさんと俺の当たり前になるんだって思ってたから。あとは帰って、片付けをするだけ。車に荷物を積んで準備万端だったけど、なかなか会話が途切れなかった。

 でもそれは、単なる言い訳だ。みょうじさんはあの時すごく喜んでくれたけど、俺そんな良いやつじゃないよ。みょうじさんが喜ぶと思って誘ったんじゃないんだ。
 ただ俺が思っちゃったんだよ。みょうじさんと待ち合わせをして、普通に会ってみたいって。だから、迎えに来てほしいって言われたとき、内心すごく嬉かったんだ。表面上はみょうじさんの方が嬉しそうにしてたけどね。

『次は100番〜!』
「わ!すごーい!縁下さんビンゴですよ!早く早く!」

 みょうじさんに肩を持ってゆらゆらされ、手元のビンゴカードの100の穴を空ける。みょうじさんに促されるままに司会のスタッフさんの所へ行くと、到底合わせられないハイテンションのスタッフさんに景品を受け取った。

『おめでとうございま〜す!最後の景品は当キャンプ場のロゴ入りステンレスマグでーす!』

 「いーなー」「リーチだったのにー」「全然だめだった〜」そんな声が聞こえ始めると同時に、ぞろぞろ会場から各々のテントへとみんな帰り始める。そっか、最後の景品だったんだ。そのままの椅子に良い子にじっと座って待ってたみょうじさんが、空いてきた人の隙間から見え、にこにこと嬉しそうに笑っている。

「縁下さんすごいですね!運あるなぁ……あ!そのステンレスマグ、ダブル構造じゃないですか?」
「あ、ほんとだ」
「豪華〜!自転車とかもありましたもんね」

 うん、なんかもらってた人いたかもしれない。すっかり人気の引いた会場は、残りのピザを食べてる家族とか、楽しそうに酒を酌み交わす友人同士らしき人とか、そういう人達しか残っていなかった。

 テントに戻る途中、みょうじさんはまさにご機嫌そのものだった。羨む気持ちを口にすることもなく、竹串に刺さった参加賞のマシュマロをふにふにと触り、笑っていた。

「縁下さん。ビンゴ大会楽しかったですね」
「ね。でもみょうじさんが会場で一番楽しそうだったよ」
「まさか〜、小さい子もたくさんいたじゃないですか」

 みょうじさんが一番楽しそうに見えたのは、俺がみょうじさんばっかり見てたからだよ。わくわくしたり、そわそわしたりしてるその顔見てるのがあの瞬間では一番楽しくて。

「みょうじさんのマグ、ダブル構造じゃなかったよね」
「そうなんですよ、いつかは買い換えようとは思ってるんですけど」
「じゃあさ。これあげる」
「……えっ」
「俺ダブル持ってるからいーの」
「もらえないですよ!縁下さんがせっかく当てたのに!しかもオリジナルロゴ入りですよ?」

 慌てる姿は、あまりにオロオロとしていて、また俺は笑ってしまう。ふと、薪を分けてあげると言ったあの時を思い出した。あの時は無理強いするつもりも、押し付けるつもりもなかった。そう、あの時は。

「今回は無理強いするよ、みょうじさんにあげたいから」

 押し黙ったみょうじさんが頬を染め、ううー、としばらく悩む。手に持ったライトをゆらゆら揺らしながらサイトに戻った時、俺はもう決めてた。こっそりこのマグをすぐに洗って、ホットワインが出来たら入れて渡そうって。