輪郭のないやりとり。あまりに穏やかに流れたものだから、ハンモックに揺られながら水色の空を泳ぐ雲の端をなぞった。
『俺たち、付き合いませんか。みょうじさんのこと、もっともっと甘やかしたい』
これ以上甘えてもいいんだろうか。面倒だと思われないだろうか。既にこんなに甘えているのに。恋人となった縁下さんがそう言ってくれるのなら、私は喜んで甘えてしまうけど。
カチャカチャと音が聞こえ、昨日の縁下さんのように音のする方を覗く。
焦げ跡から日々使っているのが伺える直火専用のホットサンドメーカーが登場すると、ハンモックを降りて縁下さんの近くに行き、隣にしゃがむ。そして、ぎゅうっとつぶれていく肉まんを見つめた。
「ホットサンドメーカーも持ってるとは思わなかったです」
「やってみる?」
「うん!」
「じゃあ俺の分はなまえがやってくれる?」
「……」
「……あー」
「いま、」
「今のは、さらっと受け入れてくれた方が助かるんだけど」
「さらっと……うん、ですね」
良い匂いがしてきたところでホットサンドメーカーをひっくり返すと、留め具を外してから焦げ目の具合をちらっと覗く縁下さんに近づいて私も様子を見た。うわぁ、美味しそう。肉まんに焦げ目が付いてるなんて、絶対美味しいに決まってる。ふわふわのかりかりでしょ。間違いないよ。
離れたところのあった椅子を縁下さんの隣に持ってくると、多分今までで一番近い距離に腰かけた。座った状態でお互いの間は拳ひとつ分ほど。わざとじゃないけど、離れるのも不自然でわくわくしたままホットサンドメーカーをじーっと見つめることにして。
「なまえ」
「ん…?」
「楽しい?」
「うん、楽しいよ」
心がくすぐられるよう。優しい瞳が私を見て、バーナーで沸かしていたお湯がボコボコと音を立てたのを聞き、火を止めた。これが普通になるのかと思うと、簡単に当たり前にしたくないと思った。でも、当たり前になるのもすごく幸せなことなんじゃないかとも思った。
「そろそろいいかな」
ホットサンドメーカーを開けると、縁下さんがお皿にパタンと音を立てて綺麗な茶色の焼き目のついた肉まんを落とした。気温が低いのもあり、ほかほかと湯気が上がる。どうぞ、とお皿を渡されたけど、肉まんは熱くて全然持てなくて、2人してけらけらと笑う。先にホットサンドメーカーに肉まんをセットして火にかけると、コーヒーを淹れ始めた縁下さんの横でちびちびと肉まんを食べる。カリカリした部分が特に熱いのだけど、今食べないと勿体ないし、猫舌でもなんでもないと自分自身を鼓舞して大きく一口かじった。
「あっつ、んまっ」
「火傷しないようにね」
「これで火傷するなら本望ですよ!」
半分冗談でそう言えば、まだ牛乳の入っているステンレスマグを視界の中に納めさせるようにテーブルの上を少しだけ滑らせた手があまりにかっこよくて、意味もなく縁下さんをじーっと見てしまった。私は今どんな顔をしていたのか、なんならちょっと間抜けな表情をしていたかもしれない。肉まんの表面に塗ったバターが音を立てて、私が縁下さんの肉まんを焼いているのを慌てて思い出し、ひっくり返してからちらっと中を覗いた。
「焦げ……てない」
「うん、いい感じ」
程よく冷めてきた肉まんを食べ進め、両面きれいな焼き目がついた肉まんホットサンドをもう1つのお皿に出すと、出来ました、と縁下さんの前に差し出した。
「ありがとう」
味は問題ない、焼いただけだから。焼き目もいい感じだから問題ない。何の不安もなく差し出した肉まんを縁下さんが食べ始め、「うん。うまいよ」とはふはふしながら言ってくれる。美味しいだろうとわかっていても、ただ焼いただけでも、言葉にしてもらえるのってすごく幸せだなぁなんて思う。
「コーヒーって淹れるの難しいですか?」
「んー、どうだろ。簡単っちゃ簡単なんだけど、慣れるまでは味が毎回違うんだよね」
「へー!奥が深いんだ」
「でも俺、いまだにあれ?失敗した?って時あるよ。……よし。牛乳飲んだ?」
「あ、待って」
少しだけ残っていた牛乳を飲み干すと、縁下さんのカップに直接ドリップされていたコーヒーが私のカップにぽたぽたとドリップされていく。この間のキャンプでおうちでハンドドリップしてコーヒー飲んでるって言ってたっけ。何気ないことでも、やっぱり慣れてると手つきとか手際の良さでわかる。
「あの、えん、……ち、力さん」
「……ん?」
「豆挽くのも、家でやるんですか?」
「やりたいとは思ってるけどね」
「うちの近くに前を通る度にコーヒーのいい香りがする小さい建物があって。それこそプレハブみたいな。多分あれコーヒー豆屋さんだなって思ってたんですけど」
私が話し始めると、ちょうど私のコーヒーが入り、すごく興味津々な表情の縁下さんの穏やかな視線の言う通りにカップを持つ。
「ありがとうございます」
「うん」
「そう、でね……なんだっけ?」
「近所にコーヒー豆屋さん」
「あ、そうそう、コーヒー豆屋さん。ずっと気になってて、この間たまたまマンションの管理人さんに会った時に聞いたら、豆も挽いてくれるみたいなんです」
「コーヒーショップの豆より香りしそう」
「そうなんですよ!香ばしいんですけど、苦い感じもあるっていうか……深み?みたいな?伝わってますか」
「うん、伝わってる。あと、可愛いなーってずっと思ってた」
話すのに一生懸命になっていたせいで、縁下さんの急なときめきに対するスイッチは完全にオフだった。予告なしにきたその言葉は縁下さんの口から出るにはあまりに意外で、恥ずかしくて。
ちょろちょろと騒がしく駆け回る気持ちは収まる気配がなく、カップに口を付けたまま縁下さんから黙って視線を外す。
そしてやっぱり、数秒後に縁下さんを自然を眺める延長ですみたいな雰囲気でこっそり視界に入れると、見ないふりをしてくれていた縁下さんが堪えるように笑っていた。