フランスパンと電話
 昼休みにしたラインでの予告通り、22時に電話が鳴った。夕飯も風呂も済ませ、こたつに入ってテレビを見ていたけど、内心5分前くらいから天板の上に乗せたスマホを見てはそわそわとしていたから、なまえの文字が出た瞬間によくあたたまった手を出して指を通話の方向へスライドすると、スマホを耳に当てた。

『もしもし』
『……力さん、今大丈夫?』
『うん、大丈夫だよ。待機してた』
『あはは、待機?』

 今この瞬間、なまえがどんな顔をしてるのかがなんとなくわかる。きっとすごく嬉しそうに笑って、膝を抱えたりしているかもしれない。そう思うと、ひとつひとつが可愛くて堪らない。

 なまえとはよくこうして電話をする。お互いに仕事もあるからしょっちゅう会える訳じゃないけど、なんとなく時間を予告し合って。
 会いたい、なんて言って突然会うような関係性ではないものの、多分なまえと俺はお互いを意識しながら、お互いの生活を送っている。常に知りたいと思う気持ちは絶えないから、不干渉とはまた違う、すごく心地の良い付き合い方だと思う。

『そうだ!聞きそびれてたことがあって。力さんの誕生日っていつ?』
『あ、俺?』
『うん。今日の朝、占い見てたらね、そういえば力さん何座だろ〜って思って。そしたら誕生日知らないじゃん!って思ったわけです』
『あー…12月26日だよ、俺の誕生日』
『うそ。えっ、もうすぐ、ていうかお泊まりの日!』

 誕生日のことは自分から言うのは気恥ずかしかった。もうすぐなんだ、なんて言ったら祝ってくれと言っているようなものだから。それに別に何も知られてなくたってなまえが泊まりに来てくれるってだけで嬉しいからいいと思ったし、特別誕生日の話題には触れていなかった。

 たまたまなまえが初めて泊まりに来る日が25日で、次の日が俺の誕生日だっただけだ。

 なんとなくつけていたテレビを消して外を見ると、月がとても綺麗だった。きっと普通に綺麗なだけなのに、とても綺麗な月に見えたような気がする。

『じゃあお祝いしなくちゃ。何か欲しいものありますか?プレゼント。あ、力さんに聞いちゃだめだよね。何がいいかなぁ』
『プレゼント?いいよいいよ、なまえが来てくれるだけで嬉しいし』
『…もし逆の立場だったら、力さんは絶対プレゼントくれるよね、自惚れかもだけど、でも、違う?』
『それ言われちゃったら、反論できないなぁ』

 彼女にはどうしたって勝てない。まさに、惚れた弱みってやつだと思う。
 なまえの声色はさらに明るくなって、クリスマスの為に頼んだケーキにプレートをつけてもらうと意気込みはじめた。いい大人になったって、恋人に誕生日を祝ってもらえるのはとても幸せだと素直に思える。それはきっと、電話の向こうにいる恋人のおかげだと思う。

『仕事は?どうだった?』
『うん。いつも通り。あ、でも午後は有給取って、フランスパンの行列に並びに行ったよ』
『もしかして、ラインしてた時間?』
『あの時は…うん!並んでた!』

 正直、少しだけがっかりした。なまえにじゃなくて、そもそも誰かに対してとかじゃないけど、がっかりした。突然会いたいなんて言わない彼女は、単純にフランスパンを買いたくて来たんだろうけど、でもやっぱり俺は、せっかくなら。

『……だったら教えてほしかったなぁ』
『あれ、力さん。もしかして私に会いたかった?』

 冗談混じりで言うなまえは、電話口で笑い声を漏らして、それが妙に愛しくて、すごく綺麗な月を見ながら返事をした。

『そんなの会いたいに決まってるだろ』

 仕方ない。月が綺麗ですね、なんて似合わないことを言わなかっただけましだ。それからなまえは少し沈黙を続けて、私も力さんに会いたかった、なんて恥ずかしそうに返事をしてくれる。恋人だからかもしれないけど、本当にかわいい人だと思う、すごく。
 こんな月が綺麗な夜はじわじわとなまえを頭に思い浮かべるし、突然会いたくなんかならないといえば嘘になる。会いたくないわけがない。

 しばらく話をして電話を切るとキッチンにビールを取りに行き、見慣れた部屋をゆっくりと眺めた。そういえば、俺の家にこたつがあるって話したら、鍋したいって言ってたっけ。
 仕事が終わったらそのまま一緒にここに帰ってきて、クリスマスっぽいメニューを食べようと思っていたけど、鍋にしてもいいかもしれない。あ、トマト鍋なら色的に辛うじてクリスマス感あるかな。

 ケーキはなまえが職場の近くの美味しいケーキ屋で予約したっていうから、それは任せることとして。貸してあげられるようなパジャマあったかな。今度探しておこう。俺のじゃでかいけど着れないこともないだろ。俺のお下がりじゃなくて、なまえ用にもう少し女の子らしいの、買うのもありかもしれないけど。

 クリスマスのことを色々と考えて思ったのは、どんなに大人をかまして繕ったって、好きな人のことはいつだって頭にあるということだ。そばにいても、きっと彼女のことばかり見ているけど。そばにいないと尚のこと、手が空けば彼女のことばかり考えてしまっていた。